「営業活動を強化する」。この目的を突き詰めれば、ユーザー企業への提案活動が成功する確率、つまり“勝率”を向上させていくことにほかなりません。それでは勝率を向上させるために、営業・提案活動の何をどう強化すればよいのでしょうか。本連載では「勝率向上のための方法論」を紹介していきます。

 筆者が所属するウィルソン・ラーニングワールドワイドは、スキル診断やトレーニングといった人材開発の側面から、さまざまな業界、企業の競争力向上をサポートしています。その中で筆者は、国内外のIT・ハイテク業界に特化して、営業力強化のお手伝いをしています。

 この連載を通じて伝えたいことは「営業・提案活動における受注の勝率向上」という課題の解決策です。近年、ITと経営の密接度の高まりや技術革新、オープン化に伴う競合の激化、企業間の協業関係の複雑化など、多くの要因によってソリューションプロバイダの営業・提案活動は複雑さを増しています。そのような複雑な提案活動を「勝率向上」という切り口で少しでも優位に進められるよう、お役に立ちたいと思っています。

 この連載では、多くの見込み案件から、商談フェーズを経て受注を勝ち取るための、戦略的な営業の方法論を解説します(図1)。想定している読者は、ソリューションプロバイダの営業担当者、SE、経営者の方々です。本連載で紹介する勝率向上の方法論が既に社内のスタンダードとして浸透しているという方、また次の「読み応え度チェックリスト」に全て○がつくような方には、本連載は無駄になるかもしれません。

図1●商談の勝率向上には、戦略的な営業の方法論が必要になる
図1●商談の勝率向上には、戦略的な営業の方法論が必要になる

 まずは、チェックしてみてください。

 いかがですか。これらの項目のうち、一つでもできていないことがあるなら、ここから先を読み進めることで、何らかの得るものがあるはずです。

◆読み応え度チェックリスト

チェック1:自社にとって勝てそうな案件か否かを、商談の早い時期に判断する客観的な基準が何かを知っている。

チェック2:どんなに激しい競合状態におかれても「特別値引き」以外の戦略で対応できる。

チェック3:意思決定者だと思っていたシステム担当役員に提案したが、「申し訳ないけど今回は、営業部長と古くから関係の深い他社に決まりました。提案に差はなかったけど、今回だけはあきらめてください」などと、最後になって言われた経験はこれまで一度もない。

チェック4:半年間、自分では重要であると思っていた案件に、単価の高いSEと一緒にヒアリングと提案を繰り返し、なんとか顧客内で稟議までたどり着いたが、「検討したのですが、結局経営サイドから時期尚早と判断されました。すみません」と顧客に言われ、案件がスリップした経験などこれまで一度もない。

チェック5:戦略的な失注は言わずもがな、受注も戦略に基づいている。つまり、自分の活動は全て戦略的であり、周りの状況にコントロールされたことなど、これまで一度もない。

戦略とは程遠い営業活動

 筆者はIT企業のさまざまな部門の方と話をしますが、営業活動で当て馬案件を回避し、いかに自社の貴重なリソース(特にSE)を無駄使いしないかという「戦略的な失注」というテーマは、以前からIT業界のメイントピックでした。金融業界などを中心に活発なIT投資が見込まれる現在、数ある案件の質を早期に見極め、これまで以上に戦略的に“失注”することが重要になっています。

 しかし、失注に戦略という考え方を持ち込む以前に、読者のみなさんの営業組織は、「受注」に戦略を持っているでしょうか。筆者は多くのIT企業の、商談の戦略立案に関するワークショップのお手伝いしてきました。実際に進行中の競合案件について、勝つための戦略を立案するものです。その過程で多くの失敗例を聞きました。その経験から言うと、ほとんどの営業活動は、戦略的とは程遠い世界で動いています。

 例えば、ERP(統合基幹業務システム)パッケージを提供するA社で、実際にあったケースをご紹介しましょう。A社の営業担当者は、中堅製造業のZ社へ会計システムを提案していました。A社の会計モジュールは中堅市場で非常に評判がよく、また十分な実績もありました。Z社の話によると、A社の主な競合であるB社は、まだデモすら行っていないとのことでした。

 ここでA社の営業担当者は、「自社は圧倒的な優位な状況である」と判断し、顧客から「A社に決定しました」という声を待ち続けたのです。

 結果から言うと、A社はB社に負けました。それは、A社の弱みである生産モジュールをB社が併せて提案してきたからです。B社はA社の戦略を予測していました。だからこそB社の営業担当者はZ社に対して、A社の弱みである生産モジュールとセットで導入することの価値をZ社へ説得することに専念していました。つまり、Z社が会計・生産の両モジュールの同時導入を検討し始めた時点で、A社とB社の優位性は逆転していたのです。

 このケースは、戦略営業に求められる重要な要素の一つである「競合戦略」という観点を持った営業担当者(B社)と、それを持たない営業担当者(A社)の違いを表す典型的なケースです。そして現実に、多くの営業担当者が、A社の営業担当者と同じ思考で動いているのです。もちろん、自ら商談をコントロールし、競合案件に関して戦略的に攻めている営業組織や担当者の方もいます。しかし少数です。

 戦略的に受注するための方法論は、多くの外資系ITベンダーが、自社のスタンダードとして実践しています。これが日本のソリューションプロバイダの営業組織にもっと広まれば、営業やSEの仕事に対する生産性や充実感は、より高まると強く思います。筆者が今回の連載を執筆する意図もそこにあります。

勝率向上の方法論は体系化したガイドブック

 読者のみなさんは、勝率向上のために何を意識し、実行しているでしょうか。従来、ソリューションプロバイダにおける営業の能力開発は「ソリューション提案スキルの強化」に焦点を置いていました。顧客との信頼関係の構築やニーズの把握、提案書の作成、プレゼンテーションなどです。

 確かに他社よりも良い提案を行うことで、勝率は向上するように思えます。しかし、それだけでは限界があります。市場で製品が圧倒的に強いなどの例外を除いて、「よりニーズにフィットした提案をすれば競合に勝てる」というロジックでは不十分なのです。それは、前述の事例をみても明確です。A社の営業担当者は、少なくともZ社との信頼関係を構築し、ニーズを聞いて良い提案をしました。しかし、結果として「戦略」を持っていたB社に負けました。

 では、何が必要なのでしょうか。筆者がIT企業の方々と営業力強化のディスカッションを行うときに使う、図2のような公式があります。

図2●営業人材開発の公式
図2●営業人材開発の公式

 営業活動における何らかの成果(今回は勝率向上)を達成するために必要な要素は、図の(1)~(5)の項目です。成果を生み出すためは、多くの要素が絡み合います。商談の勝率向上という成果を目指したとき、提案スキルは一つの構成要素に過ぎません。そして(2)ヒアリングやプレゼンテーションなどの提案スキル、(3)顧客企業の業界知識や製品知識、(4)努力やモチベーションといった個人の一生懸命さ、(5)評価制度やマネジメント、営業支援システムなどの環境──の4項目は、従来「能力開発」という側面から強化されてきた領域です。

 しかし(1)の「方法論」の領域に関しての強化は、多くのソリューションプロバイダにとって、これまで手付かずだった領域なのです。図2で示した通り、方法論は実際の営業活動を通じて蓄積された成功体験やノウハウなどを繰り返し利用可能、あるいは学習可能にしたマニュアルです。つまり、営業活動をうまく進めるためのガイドブックといえるでしょう。

 従来は失敗と成功を繰り返し、その能力を高めてきた“ベテラン”の営業担当者やSEが、組織に伝えてきた知恵です。勝率向上という課題で言えば、「案件がスリップする兆候」「競合がディスカウントしてきた場合の対処法」「顧客内政治力学の読み取り方」などです。それらベテランの成功と失敗の経験に基づく勝率向上のノウハウを、体系的に整理したガイドブックが方法論であると考えてください。

 読者のみなさんの営業組織は「勝率向上のための方法論」を持っているでしょうか。

営業・提案活動のOSになる4種のプロセス

 海外旅行に行くときにガイドブックを参照して計画を立てるように、提案活動における勝率向上のために、どのようなポイントをどのような手順で考え実行していけばよいか。それが方法論の内容です。勝率向上のための方法論は、以下の(1)~(4)のようなプロセス(考える手順)に分類できます。

(1)案件をアセスメントする
 進行中の案件に関して「本当に自社が勝てる案件かどうか」「リソースを投入してよい案件かどうか」「勝つためにどんな情報をつかんでおかなければならないか」という評価を行うために、客観的な項目で自社と競合の情報をアセスメントしていきます。

(2)競合戦略を立てる
 (1)で案件に対する自社と競合の立ち位置を視覚化した後、自社提案の競合戦略を立てます。具体的には自社と競合の強み、弱みを知り、自社の強みを生かし、競合の弱い部分を突く状況を作り出すシナリオを描きます。

(3)顧客の組織分析を行う
 顧客の公式な組織だけでなく、非公式な政治力学を読んで購買プロセスにおける組織内の役割を分析することで、本当に訪問しなければならない顧客は誰なのか、その顧客にどのようなルートで会いに行くのかを分析します。

(4)行動計画に落とし込む
 (1)~(3)で分析した情報を営業活動に反映させることです。足りない情報があればそれを収集する活動、競合に突かれそうな弱みといえる部分があればそれを守る活動など、具体的な活動レベルに落とし込む最も重要な局面です。

 勝率向上の方法論は、ITのスタック構造でいえば、営業・提案活動におけるOSです(図3)。知識やスキルはアプリケーションに過ぎません。OSがなければアプリケーションが動作しないように、勝率向上についても、方法論がないまま営業知識や提案スキルだけあっても、何の意味もありません。(1)~(4)のプロセスに沿って戦略を立てていけば、勝率向上を実現するための基盤(=OS)を作り上げることができます。

図3●方法論は提案活動のOS
図3●方法論は提案活動のOS

受注見込みがなければ撤退の判断も

 あらかじめ断っておきますが、これから紹介する「勝率向上」の方法論は、あらゆる類の商談に必ず活路を見いだせる魔法の道具ではありません。分析した結果、圧倒的な競合優位で自社が入り込む隙がないという場合は、撤退(=戦略的に失注する)判断をすることもあります。

 また、労せず益を得るためのものでもありません。実践には相応の苦労があります。しかしこれまで以上に、勝率向上に結び付く部分に労力を割いていくことは絶対にできます。それによって、充実感を伴う成果を出すことができます。

 東西二大戦略書として、クラセヴィッツの戦争論と並び評価の高い「孫子の兵法」でも、「戦いや競争に負けるということは、自分の生命や財産、人生を失う、一番あってはならないことである。だからこそ、徹底的に、慎重に考え抜いて、無意味な戦いは行ってはいけないし、戦うのであれば絶対に勝たなくてはならない」(『孫子曰く、兵なるものは、国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり』)とあります。営業活動も同じなのです。

 次回は(1)の案件アセスメントを紹介します。勝率向上のためは、自社と競合の優位性比較を迅速に行って、戦略立案に生かすことが重要です。言わば、戦う前に商談に対する自社と競合の互いの立ち位置を明確にして、「提案活動へのSE投入の可否」「クロージングするために不足している情報の整理」「圧倒的に競合が優位のため撤退」などの戦略判断を行わなければなりません。

 では、営業やSEが競合との互いの立ち位置を明確にして営業戦略を考えるためには、具体的に何を行えばよいのでしょうか。鍵になるのは、自分の案件に対する、実はたった4個の質問です。次回はその質問をご紹介します。

入江 倫成
ウィルソン・ラーニングワールドワイド HRD事業グループアカウントマネジャー
早稲田大学法学部を卒業後、ウィルソン・ラーニングワールドワイドに入社。IT・ハイテク企業に、営業力強化やプロジェクトマネジャー育成などに関する、アセスメントや能力開発プログラムの提案を行っている。E-mail:michinari_irie@wlw.co.jp