1999年3月,「プレイステーション2」(PS2)が発表された直後に,筆者はソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の久夛良木健氏にインタビューする機会を得ました。久夛良木氏はSCE社長に就任する直前でした。東京・赤坂にあるSCEのオフィスで,約1時間半にわたってお話を伺った記憶があります。「プレイステーション3」(PS3)の発売が11月11日に迫る今,当時のインタビューを振り返りたいと思います(なお,このときのインタビューは休刊してしまった「日経CG」誌の1999年4月号に掲載されました)。
7年半前のインタビューで久夛良木氏が何よりも強調していたのは「PS2の超高性能な演算能力によってゲームのパラダイムが変わる」ということです。具体的な発言をインタビューの中からいくつか取り上げましょう。
「これまではゲームに関心が持てなかった一流の監督,脚本家,音楽家,画家が,入ってくることができる表現力の高いプラットフォーム」「PS2は,画像が実写なのかCG合成なのかを気づかせないレベルまでもっていこうとした」
「PS2上では人間の感情に訴えかけられるものをリアルタイムに作れるようにした」
「猫は猫の理屈で,水は物理シミュレーションで生成する」
「(PS2へ)世界中の研究者が動くだろう。だって面白くてしょうがないから。髪の毛1本がそよぐだけで面白い」
インタビューの途中,久夛良木氏が語るあまりの“表現能力至上主義”に違和感を覚えた筆者は「それでゲームが面白くなるのですか。『テトリス』はグラフィックスはたいしたことはないが,ゲームとしては面白い」と言おうとしたところ,途中で発言を遮られ,
「それはステレオタイプの考え。その人はその時点で進化を止めている。新しい試みをする,エンターテインしようとする人たちに対して反論する人は,いつの時代にも必ずいるものだ」
と言われてしまいました。その後も“久夛良木節”は続き,
「PS2の新しいコンテンツは何かにたとえられるものではない」
「人口の半分を占める女性(ユーザー)を開拓したい」
「魚の個性のシミュレーションも1年でできるだろう。猫なら2年」
といった発言が続きます。インタビュ-記事には掲載されませんでしたが,「PS2にWebブラウザを載せる予定は?」と尋ねると,
「載せる可能性を否定はしないが,HTMLのようなテキスト・ベースの技術に興味はない」
と断言されました。
結局,PS2は空前の大ヒット商品になりました。久夛良木氏が力説した圧倒的な表現能力が成功の理由の一つだと思います。
しかし,ゲームを取り巻く環境は7年半前とは変わっています。最近ヒットしているのは,「テトリス」のように単純で誰でも楽しめる「ニンテンドーDS」のゲームです。若い世代はブログやSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)といったHTMLをベースとするサービスに夢中です。さらに言えば動画共有サービス「YouTube」に多くの人がハマっています。YouTubeの動画は高画質ではありませんし,そのほとんどは一流の監督が撮ったものでもありません。
PS3はPS2の表現能力至上主義を受け継いでいるように見えます。一部の人からは“戦艦大和”と形容されているPS3ですが,PS2と同じようにその圧倒的な表現能力を生かして成功できるのでしょうか。7年半前以上に,興味深く見ているところです。