企業で無線LANを導入するためのポイントを全12回にわたって解説していく。第1回は,複雑化が進む無線LANの規格を整理する。無線LANには,IEEE 802.11a,同b,同e,同f,同gなどさまざまな規格がある。これらが具体的に何を意味しているかを説明し,将来的にどのような方向に進むのかを展望する。
製品の低価格化が進み,無線LANが企業でも身近な存在となってきた。しかし,十分な知識がないために導入に踏み切れないでいたり,とりあえず製品を購入したがよく分からないまま利用していたりする読者も多いと思う。そこで本連載では,無線LANの基礎知識から導入のポイントまでを全12回で解説する。第1回は,複雑,多岐にわたる無線LANの規格を整理し,それぞれにどのような機能が定義されているのかを見ていく。
802.11標準を拡張する10個の規格
無線LANの国際標準を最初に作成したのは,IEEE(米国電気電子技術者協会)*1の802委員会のワーキング・グループ(WG)11である(図1[拡大表示])。このIEEE 802.11ワーキング・グループが1997年に「IEEE 802.11標準」を発表した*2。IEEE 802.11標準で規定されている内容は,IEEE 802.3のイーサネットと同様で,データリンク層のMAC(Media Access Control)副層と物理層,およびその管理機能になる(図2[拡大表示])。
当初のIEEE 802.11標準では,MAC副層でのアクセス制御方式として,イーサネットで広く知られているCSMA/CDと同様のCSMA/CA方式と,ポーリング方式が規定された*3。また物理層には,2.4GHz帯を利用した直接シーケンス・スペクトラム拡散(DSSS)と周波数ホッピング・スペクトラム拡散(FHSS),赤外線通信──の3つの伝送方式*4が規定され,通信速度は1Mbpsと2Mbpsだった。
IEEE 802.11標準は速度が遅く,製品も限られていた。1997年以降にIEEE 802.11の下部組織となる各タスク・グループ(TG)がIEEE 802.11標準を拡張/補完する規格を策定し,今日利用されている無線LANとなっている。以下では,表1[拡大表示]に示した10個の規格を具体的に見ていこう。
■2.4GHz帯で11Mbpsを実現した11b
IEEE 802.11標準で利用する2.4GHz帯の伝送方式に,米Intersilと米Lucent Technologiesが共同提案したCCK(Complementary Code Keying)方式を採用し,最大11Mbpsの通信速度を実現した規格が「IEEE 802.11b」である(ただし,フレームの始まりを見分けるためのプリアンブル部分はDSSS方式で伝送する)。1999年に策定された。暗号化などのセキュリティ面は十分と言えないが,無線LANの普及に大きな役割を果たした標準であり,現在の日本の環境では,最も一般的に利用されている。
■5GHz帯で54Mbpsを実現した11a
1997年に米連邦通信委員会(FCC:Federal Communications Commission)が,5GHz帯の5.15G~5.35GHzと5.725G~5.825GHzの合計300MHzの帯域を無線LAN用に免許不要として開放した。この5GHz帯を使用して最大54Mbpsという高速化を実現した規格が「IEEE 802.11a」であり,1999年に策定された。
IEEE 802.11aは,IEEE 802.11bと同じ物理層の規格である。NTTと米Lucent Technologiesが共同提案した直交周波数分割多重(OFDM)と呼ぶ伝送方式を採用する*5。無線LANでは無線LAN端末から全方向に電波が放射され,壁や天井などに反射した電波も受信アンテナに到着し,最終的にさまざまな経路を通った合成波となる。このことを「マルチパス伝搬環境」と呼び,OFDM方式ではこのような環境でも高速に通信できるように,データを48個のサブキャリアに分割して並列伝送する。
国内では5GHz帯として5.15G~5.25GHzの100MHz(4チャネル)が屋内利用限定で無線LAN用に開放されている。屋内利用に限定されている理由は,この帯域を共用している移動体衛星通信システムとの電波干渉を避けるためである。2004年10月14日に総務省が発表した「5GHz帯無線アクセスシステム委員会答申骨子(案)」*6によると,今後は5.25G~5.35GHz,5.47G~5.725GHzの合計355MHz(15チャネル)も無線LAN用に開放される見込みだ(表2[拡大表示])。
■2.4GHz帯で54Mbpsを実現する11g
IEEE 802.11bと同じ2.4GHz帯を使い,IEEE 802.11bとの互換性を保ちながらIEEE 802.11aと同様の高速化を実現した規格が「IEEE 802.11g」である。2003年6月に策定された。物理層はIEEE 802.11bで規定したCCK方式にIEEE 802.11aで採用されたOFDM方式を追加し,最大54Mbpsの通信速度を実現する。IEEE 802.11bと同じ2.4GHz帯を使っていることもあり,IEEE 802.11gの実装は急ピッチで進行している。今日入手できる2.4GHz帯の無線LAN製品のほとんどがIEEE 802.11gに準拠しており,低価格化も進んでいる。
IEEE 802.11gはIEEE 802.11bと互換性があるものの,混在環境で運用するとパフォーマンスが低下する。IEEE 802.11bとの互換性を維持するためにはプリアンブル部分を低速のDSSS方式で伝送しなければならず,このオーバーヘッドが生じるからだ(図3[拡大表示])。ただ,IEEE 802.11bの無線LAN端末が多く存在する日本の環境を考えると,互換性が優先であり,パフォーマンスが多少犠牲になるのはやむを得ないだろう。
■セキュリティを強化する11i
無線LANにおける認証と通信の暗号化に関する機能を規定した規格が「IEEE 802.11i」である。2004年6月に策定された。簡単に言えば,IEEE 802.1xのポート認証と,暗号鍵の交換(キー・ローテーション)機能を含んだ通信の暗号化を実現するものである。IEEE 802.1xは無線LANで有名になったが,もともとは有線LANで考えられた認証機能であり,無線用に変更を加えて流用されることとなった。暗号化には,従来のWEP(Wired Equivalent Privacy)の脆弱性を強化したTKIP(Temporal Key Integrity Protocol)とAES(Advanced Encryption Standard)が規定されている。通信の暗号化に関しては,第3回で詳しく説明する予定だ。
なお,IEEE 802.11iの仕様が決まるまで長い時間を要することが予想されたため,暗号化の一部の仕様を切り出した「WPA(Wi-Fi Protected Access)」がWi-Fi Alliance*7から発表された。WPAはIEEE 802.11iでTKIPとして規定されているものと同じ内容で,「鍵の交換ができない」「WEPキーを解読されやすいIVがある*8」といったWEPの脆弱性を補った仕様になっている。またWi-Fi Allianceではその後IEEE 802.11iの策定に伴い,新たに標準化されたAESを「WPA2」として規定した。