総務省の「ワイヤレスブロードバンド推進研究会」は,新しい無線ブロードバンド(高速大容量)方式への周波数割り当てなどに関する方針をまとめた最終報告書(案)を2005年11月18日に公開し,12月9日を期限とする意見募集を実施している。同研究会は今回の意見募集の結果を反映したうえで,12月下旬に最終報告書の内容を固める予定である。

3.5世代を上回る新方式に2.5GHz帯を割り当て

 今回の報告書で通信関係者が最も注目しているのは,無線MAN(メトロポリタン・エリア・ネットワーク)方式「IEEE802.16e」(WiMAX)など新しい移動通信方式用に2.5GHz帯の70MHz帯域を割り当てる方針を示したことだ。同省は第3世代移動通信(3G)システムや第4世代移動通信(4G)システム以外の新しい無線ブロードバンド(高速大容量)サービスを実現するために,802.16e方式や「IEEE802.20」方式,次世代PHSの導入を検討しており,一部のシステムを2007年ごろに導入することを考えている。今後2.5GHz帯における新周波数の割り当てにメドをつけ,2006年中にも希望事業者に割り当てたい考えである。総務省は今回の方針に関して,「3Gサービス用には既存の2GHz帯に加えて,1.7GHz帯も割り当てる方針を既に打ち出した。通信サービスの国際競争力を高めるには,3G以外のサービスも導入していく必要がある」としている。

 検討対象となる2.5GHz帯をみると,現在は2535M~2605MHzの70MHzの帯域が利用可能になっている。ただし,隣接した周波数を利用している無線システムとの電波干渉を避けるため,周波数の上端と下端でガードバンド(不使用帯域)を設ける必要がある。携帯電話システムと隣接する場合は5MHz程度のガードバンドを設ける必要があるが,今回の周波数帯では衛星通信システムと隣接するため,ガードバンドをできるだけ小さくしたいと総務省は考えている。このほか,新方式を使って無線ブロードバンドサービスに参入する通信事業者に対しては,NTTドコモが今後導入する予定のHSDPA方式など「3.5世代」とも呼ばれる移動通信システムの周波数利用効率を上回ることを求める考えである。具体的には,3.5世代システムの周波数利用効率が0.6~0.8とすると,新しい無線ブロードバンドシステムには0.8~1.5といった効率目標を設定することが適当としている。

3G好調のKDDIが802.16e方式を支持へ

 新しい無線通信方式の中では802.16e方式を支持する通信事業者が現時点では多い。802.16e方式は2005年中にも規格化されるOFDMA(直交周波数分割多元接続)ベースの無線アクセスであり,日本ではKDDIとYOZANが導入する方針を表明している。特にKDDIは,2005年10月末時点で約2094万人の携帯電話ユーザーを抱えており,今後も3Gシステムの高度化に注力するという見方が多かっただけに,802.16eの採用方針が与えるインパクトは大きかった。

 同社は現在,「ウルトラ3G」という将来のネットワーク構築計画を推進している。その一環として,802.16e方式の導入を想定した無線通信システムの実証実験を2005年7月に開始した。KDDIが802.16e方式の導入を検討するのは,都市部などで携帯電話サービス「au」を補完し,格安のパケット通信サービスを実現するためという。また802.16e方式は米Intelが強力に推進しており,無線機能を内蔵したパソコン用チップを自らも販売する。これを後ろ盾として802.16e方式の導入に踏み切る通信事業者は多い。

 もっとも同社はauで2003年末に高速パケット通信方式であるCDMA2000 1xEV-DOを導入し,携帯電話機からのインターネット接続などに利用できる定額制サービスを日本で初めて実現した。1xEV-DO対応システムでは1.25MHz帯域を使う場合で,下りの最大データ通信速度は2.4Mb/sである。現時点でも1xEV-DO対応システムのパケット伝送コストは最低水準とみられる。しかしKDDIはこうした状況に満足することなく,CDMA2000対応システムへの追加投資に加えて,さらに802.16e対応システムへの投資に向けても踏み出そうとしている。802.16e方式では,20MHz帯域を使う場合で最大データ通信速度は75Mb/sとされている。まだこうした伝送能力が実証実験などで確認されたわけではないが,使用帯域をそろえて単純に比較すると1xEV-DO対応システムの約2倍の伝送能力を持つ計算になる。

NTTドコモも次世代3GではOFDMA採用

 一方NTTドコモは,最大伝送速度が100Mb/sの次世代3G方式「Super 3G」の研究開発を進めている。3Gシステムの標準化を手がける業界団体「3GPP」は,次世代3G(3G Long Time Evolution)方式の規格を2007年6月に決定する方針だ。3GPPは現行の3Gサービスで「W-CDMA」方式を採用している移動通信事業者や機器メーカーで構成されており,既にW-CDMAを高速化する方式として最大伝送速度が約14Mb/s,平均伝送速度が2M~4Mb/sの「HSDPA」方式を作成済みである。さらに,3Gサービス用に割り当てられた周波数を使ってHSDPAよりも高速なデータ伝送を実現する方式として,2004年11月に次世代3Gの標準化を開始していた。歩行者などの低速移動の利用環境で100Mb/s程度,自動車などの高速移動環境で30Mb/s程度の最大伝送速度を実現することを目標としている。NTTドコモは,2009~2010年に商用サービスを開始したい考えである。

 NTTドコモはSuper 3G用の無線アクセス方式として,OFDMA技術を使う「VSF-OFCDM」方式を3GPPに提案している。同社はもともとこの方式を第4世代移動通信(4G)サービス用に開発していたが,WRC(世界無線会議)は4Gサービス用の周波数を2007年に決める予定で,ITU-R(国際電気通信連合無線通信部門)などでも具体的な標準化の議論は行われていないという。このため,ITU-Rが3Gサービス用に割り当てた2GHz帯や1.7GHz帯などの周波数で,VSF-OFCDM方式の導入を目指すことにした。4G方式では3G方式より広帯域の周波数(片方向で100MHz程度を想定)を割り当てて,低速移動時に最大1Gb/s,高速移動時に最大100Mb/sの伝送速度を実現する見通しである。一方Super 3Gでは,5M~20MHz(片方向)の帯域を利用することになるため,低速移動時の最大伝送速度で100Mb/sを目標に設定している。

QUALCOMMもOFDMA新方式で名乗り

 このように国内の大手携帯電話事業者はOFDMAベースの次世代方式を指向しているが,CDMA2000 1xEV-DO方式などを開発した米QUALCOMMはOFDMA関連方式の対抗案として,既存のW-CDMA方式やCDMA2000方式のキャリアを束ねて高速化する「マルチキャリア」方式が次世代3G方式として導入されることを提案している。QUALCOMMは,「マルチキャリア方式の方が3Gサービスとの互換性を確保したり,通信事業者の投資負担を軽減するためには有効」という。しかし,3GPPでは多くの携帯電話事業者がOFDMAベースの支持に回っており,マルチキャリアCDMA方式の旗色は悪い。

 こうした状況のなかでQUALCOMMは,IEEE(米国電気電子技術者協会)がこのほど開催した無線ブロードバンド(高速大容量)方式「IEEE802.20」の標準化会合において,OFDMA技術などを使う下りの最大データ通信速度が130Mb/sの無線アクセス方式「QTDD」を提案した。この伝送能力を20MHz幅の周波数帯域を使うTDD(時分割復信)方式で実現できることを,コンピュータシミュレーションで確認済みとしている。この新方式は,高速移動時の伝送能力に優れている点が強みのようだ。20MHz幅を使う場合,時速120kmの高速移動環境で下りが18Mb/s,上りが11Mb/sの最大データ通信速度を実現できるとしている。このためQUALCOMMは,「わが社の方式が802.16e方式の能力を上回ることはほぼ確実」と自信をのぞかせている。今後は,WiMAX陣営との対抗軸を形成するため,通信機器メーカーや通信事業者に採用を働きかける考えだ。また,IEEEは802.20方式を2006年中に規格化する予定であり,ほかには京セラが開発した「iBurst」方式などが提案された。

ウィルコムも次世代PHSでOFDMA導入へ

 このほかPHS事業者のウィルコムも,OFDMA技術などで高速化する独自方式「次世代PHS」の導入を目指している。ワイヤレスブロードバンド推進研究会では,2.5GHz帯の周波数を割り当てる方式の候補に次世代PHSも挙げている。ウィルコムは11月末から次世代PHSの実証実験を開始し,15MHz幅以上の周波数帯域の取得を目指していく。同社は1.9GHz帯の周波数を使う現行システムについても,多値変調技術を使って高速化を進める。こちらは「高度化PHS」と呼び,2006年前半には最大のパケット通信速度を384kb/sに高める予定だ。さらに2006~2007年には最大1Mb/s程度まで高速化したい考えである。

 このようにOFDMAベースの新方式の提案がほぼ出そろう状況となってきた。総務省は2006年に2.5GHz帯の割り当て方針を検討する予定だが,合計で70MHz幅という周波数帯域は外国と比べても決して多いとは言えない。現時点では,KDDI,YOZANに加えてNTTグループ,電力グループも802.16e用周波数の獲得に乗り出しているからだ。総務省は基本的には電波のひっ迫を理由として,周波数の利用効率向上を主眼において割り当て先を決める考えのようだ。

 もちろん,どの移動通信方式が普及するかを決定する要素はほかにもある。例えば,その方式の採用を表明している通信事業者の数であったり,市場シェアが高い通信事業者や端末メーカーが採用するかも重要である。しかし3Gサービスの標準化においてもW-CDMA方式が圧倒的に優勢とみられていたが,フタを開けるとCDMA2000方式が3G市場を開拓する役割を担った。また国産技術の育成も重要である。こうした要素を考えると,周波数利用効率の要件を満たした新方式にはすべて周波数を与えるのが,移動通信サービスの国際競争力を維持するうえで確実な方法かもしれない。