「州外に転居したい社員には、5万ドルの引越手当を出す」。2015年4月2日、米国のテレビ局CNNのニュース番組でこのように語ったのは、米セールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフCEO(最高経営責任者)。5万ドルは、現在の為替レートで何と600万円近い額になる。そして、この「州」というのは、インディアナ州のことだ。

 2015年3月、インディアナ州とアーカンソー州で「宗教の自由回復法」という州法が州議会で可決された。これは、誰でも自分の信じる宗教の定めるところに従って生活し、ビジネスを営むことができると保障するもの。だが、これを突き詰めていけば、ゲイやレズビアンなどLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)と呼ばれる性的マイノリティーの人々の差別につながるとして、批判を集めている。

宗教を理由にした差別が横行する恐れ

 例えば、極端なことを言えばこんなことが起こりうる。ゲイの家族連れがレストランで食事をしようと入ってきた。だが、店の主人が彼らを追い出す。後で訴えても、「宗教の信条上の理由」でそうせざるを得なかったとして、そんな行為が認められる。あるいは、ゲイ・カップルが結婚式のフラワー・アレンジメントを有名な花屋に頼んだ。だが、「宗教上の理由」で注文を拒否される。

 見たところは、LGBTの人々に対する差別なのだが、宗教というもっともらしい理由が付いている。例えば、厳格なキリスト教信者が「結婚とは一人の男と一人の女との間でなされる」という信条に忠実であろうとすれば、LGBTの結婚や家族を受け入れたりするのは、それに反することになる。これが、宗教の自由を優先すればLGBT差別を黙認することになるとされる理由だ。

 さて、ベニオフ氏の発言は、そうした保守的な動きに対する反対意見を公に表明したものだ。ベニオフ氏は、民主党支持者として知られるほか、社会貢献や新しい会社の在り方などでユニークな視点を持ち、目立った活動をしてきた。彼が2億ドルを寄付して創設されたカリフォルニア大学サンフランシスコ校小児病院は、先ごろオープンしたばかり。テクノロジー企業の創設者兼CEOという立場にありながら、その意味ではちょっとした「ムーブメント」の主導者である。

 セールスフォースは、本社をサンフランシスコに構えるが、当のインディアナ州にも支社を持ち、2000人ほどの社員を抱えている。社員全員に5万ドルを出すわけではないようだが、エグゼクティブ・クラスをはじめ「こんな州にはいたくない」と表明した社員の一部には、既に引越手当を約束したもようである。