「時折、革命的な製品が出てきてすべてを変えてしまう。そうした製品ただ1つとでも関われれば人は幸運だ」
2007年のiPhone発表時に、そう語っていたスティーブ・ジョブズだが、彼は生涯を通して、まさにそんな製品を作り、世界を変え続けてきた。
1955年2月24日、未婚の大学院生からエンジニアの家に養子に出される。学校では2年の飛び級を勧められることもあるほど優秀だったが、それ故に孤立。やがて、学問以上に薬物や音楽、東洋思想に傾倒し、生きることの意義や精神世界に目を向け始める。
そんなジョブズが、もう1つ興味を持ったのが、エレクトロニクスの世界だった。この趣味を通して、親友のスティーブ・ウォズニアックと運命の出会いを果たす。2人は電子工作でのいたずらを重ねるうちに、技術にたけたウォズがモノを作り、ジョブズがそれでもうけを得る関係を強めていった。やがて二人はアップルコンピュータを設立する。
ジョブズのビジョンが初めて開花したのが、箱から出しテレビにつなげばすぐに使える、美しいプラスチック筐体に収まった「Apple II」だった。これが世界的にヒットし、アップルを大躍進させる。1980年の株式公開で、ジョブズは25歳にして、約2億ドル相当の750万株を持つ億万長者となった。
ジョブズはゼロックスの実験的コンピューターで使われていたマウスに驚嘆し、Macで使うべく開発の指揮を執り始めていた。やがて誕生したMacはパソコンの世界に衝撃を与えたが、当初の見込みほどは売れなかった。これに加えジョブズの経営スタイルが社内で問題になったこともあって、ジョブズは自らつくったアップルを追い出されることになる。
アップルを追い出されたジョブズが、次につくったのが「ネクスト・コンピューター」という会社だった。
アップルとの契約上、家庭用パソコンで競合はできない。ジョブズは高度なプログラムを少ない手間で開発できる「オブジェクト指向プログラム」という技術に大きな可能性を感じ、これで動くネクスト・コンピューター・システムを開発。大学や研究機関を中心に販売した。