「丸暗記中心の、これまでの教科書は間違っている。“たいがいにせえ”と言いたい」――。ソフトバンクの孫正義社長は2010年7月27日、デジタル教科書教材協議会の設立シンポジウムで講演。「教育の改革なくして日本の将来はない」と、教育改革の必要性を強い口調で訴えた。

 デジタル教科書教材協議会は、「すべての小中学生にデジタル教科書を」を目標に設立された、民間主導のコンソーシアム。教育の専門家のほか、孫氏やマイクロソフトの樋口泰行社長などが発起人に名を連ねる。同日設立総会を開催して、正式に発足。三菱総合研究所理事長で元東京大学総長の小宮山宏氏が会長に就任した。会員として参加する企業は70社にのぼる。

 正式発足にあわせて開催されたシンポジウムで、発起人の一人として講演した孫氏。冒頭で日本の競争力が低下している現状に触れ、このままでは30年後に取り返しが付かないことになる、と危機感をあらわにした。30年後の日本が元気であるためには、現在10歳前後の子どもたちをいかに育てるかがが重要。だからこそ、今すぐ日本の教育を改革する必要があると主張する。「今日は物議をかもしに来た」と前置きしながら、現在の教育に対してさまざまな批判を展開した。

 例えば、運動会で順位を競わせるのを避ける傾向。「国の競争力が失われているときに、子どもたちに競争という本能を失わせるのがどれほど怖いことか。日本が国際競争力を取り戻すには、元気で競争心あふれる子を育てなければならない」(孫氏)。

 現状の教科書については「30年後に役に立たないと思える内容が多すぎる」とバッサリ。「鎌倉幕府ができた年を、2~3年間違えてもいいではないか。年号のような詳細な情報は、検索すれば済む。それよりも、なぜ幕府ができて、なぜ倒幕が必要だったかを分析する能力の方が、はるかに重要」(孫氏)。

 これからの教科書は、「子どもに感動を与えるものであるべき」(孫氏)。例えばNHKアーカイブスのドキュメンタリー番組をすべて動画で見られるような、魅力的な教科書にしたいとする。デジタル化によって「すべての学生が教科書のどこからどこまでを読み、どの問題でつまづいたか、を把握できるようになる」(孫氏)と指摘。教員が子どもたちの学力を分析したり、一人ひとりの理解度に応じた学習環境を整えたりするのに役立つという。

 2000万人におよぶ全国の学生と教員全員に、無料でデジタル教科書を配布する構想も披露。2万円のデジタル教科書を6年リースで使用するとすれば、1人当たり月額280円で済む。このぶんを毎月1万3000円の子ども手当でまかない、残りの1万2720円を現金給付すればよいとの考えだ。こうすれば、新たな予算は一切発生しないと主張。さらに「通信代も無料にすべき。我々も、応分の応援はする」。

 では、いつまでにこうした環境を実現すべきか。孫氏は「5年でやらなきゃいけない。2015年には、デジタル教科書を全小中学校に配備する必要がある」との目標を掲げる。そのためには、議論にいたずらに時間を費やすのでなく、とにかく実験してみることが先決という。今年度中に100校程度のモデル校を選んで実験を始め、良い結果が出たものはどんどん取り入れていくべきだと論じた。

 シンポジウムの冒頭には、原口一博総務大臣があいさつ。同じく発起人であるマイクロソフトの樋口泰行社長も講演に立った。後半にはパネルディスカッションも行われ、東京学芸大学客員教授の藤原和博氏らが弁舌をふるった。広い会場は立ち見が出るほどの盛況で、世の関心の高さを物語っていた。