文化庁長官の諮問機関で、著作権の権利制限の一般規定(日本版フェアユース)について検討している文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員会の2009年度第4回会合が、2009年8月25日に開催された。今回の会合では複数の関係団体に対するヒヤリングを実施。日本経団連からは和田洋一氏(スクウェア・エニックス・ホールディングス 社長)が出席し、一般規定に対し「慎重に検討すべき」との見解を表明。1月に公表していた提言を修正し、現状での一般規定導入に疑問を呈する内容としている。

 日本経団連は、2006年5月に著作権部会を設置。放送局や映画会社、ゲームソフト開発会社、コンピューターソフト開発会社、アニメ制作会社といったコンテンツ制作にまつわる企業に加え、機器メーカー、通信会社、金融機関など計16社から委員が参加している。「利害関係に基づいた主張にならないようにするため、幅広い分野から委員として参加いただいている」(和田氏)という。同部会での検討結果を基に、2009年1月に提言「デジタル化・ネットワーク化時代に対応する複線型著作権法制のあり方」を公表。現行の著作権制度と並行して、(1)多数の人が参加する著作物について権利を集約・一元管理する「産業財産権型コピライト」、(2)権利者が著作物の自由な二次利用を可能にする「自由利用型コピライト」――を新設し、個々の著作物ごとに権利者の裁量でいずれかの方式を選べるようにする、という案を提唱している。

 同提言では一般規定についても言及。(1)現行の限定列挙方式を踏襲し、問題が生じているケースに対応した権利制限規定を追加する方式、(2)客観的に公正と認められるべき利用形態が形式的に違法とされることに対処するため、何らかの一般規定を追加する方式――の2つを挙げ、「現行著作権法が満たすことができないニーズを踏まえた上で、いずれの方式を採用するのか、また、採用した方式について具体的にどのような条文にするのかといった課題について、権利者と利用者双方の視点からバランスの取れた議論が行われることが必要」としていた。

 しかしその後、改正著作権法が2009年6月に可決・成立。検索サイトでのキャッシュ生成や電子機器利用時に必要な複製などについて、限定列挙方式で権利制限することが明記された。この日の会合では、この著作権法改正を受け、「現状、ビジネスの観点からは、権利制限に関する一般規定を置く具体的必要性は、基本的に無くなった」とし、「今後、何らかの具体的必要性が生じた場合には、その時点で検討すれば足る」との見解を示している。

 さらに、「もし、具体的ニーズがない中で、なお権利制限に関する一般規定を導入しようとするのであれば、現行著作権法の根幹を成す権利保護の原則に対する重大な変更になるものと考えられる」と指摘した上で、「権利制限の代償のもとに、いかなる社会的効用の実現を図るのかを、権利者・利用者双方の視点から慎重に議論すべき」と表明。1月の提言時より慎重な表現を採り、現状での一般規定導入に疑問を呈す内容となっている。

「数十メートル先まで見越した議論では禍根を残す」

 和田氏の表明した慎重姿勢について、複数の意見から質問が相次いだ。

 中山信弘委員は、「検索エンジンのキャッシュ生成に対する権利制限は確かに法制化されたが、Google Book Searchなど次の問題がもう出てきている。権利制限に関するニーズがあるか否か、どう判断するのか」とただした。和田氏は、「いろいろあるんだからまず一般規定を導入すべきということではなく、どこまでをカバーすべきかという議論をした。未来永劫問題がないということではない。次々に新しい問題が出てくるだろう。その場合、ある程度の括りになったところで権利制限について議論していくのが正しいのではないか。2歩先くらいではなく、数十メートル先まで見越して議論をするのでは、禍根を残すのではないか」と応じ、あくまで個々の時点で想定される問題をベースに、権利制限を検討すべきとの見方を示した。

 中山委員と和田氏は、インターネット上におけるデジタルコンテンツの扱いについて検討する「デジタル・コンテンツ利用促進協議会」の会長と副会長という関係。2009年1月には、デジタルコンテンツの著作権にまつわる「会長・副会長試案」(いわゆる「中山試案」)を、両氏と角川歴彦氏、世耕弘成氏の連名で発表している。中山試案では、インターネット上におけるデジタルコンテンツの流通について、デジタルコンテンツの特性に応じたフェアユース規定の導入や、二次利用にまつわる権利の集約化などを提案していた。

 そうした関係に着目して質問を投げかけたのが松田政行委員。和田氏が中山試案の策定に携わり、かつ今回の日本経団連の慎重意見を表明したことを突き、「(デジタルコンテンツのみを対象とした)特別法としての一般規定導入について、日本経団連や和田さんはどう考えているのか」とただした。和田氏は、「経団連の部会での議論は現行著作権法をベースで考えたもの。(広範な著作物を対象とする)いわゆるフェアユースは個別具体的な想定でやっていくという議論になった。特別法のところとの関係としては、デジタルコンテンツは個別具体の議論の1つとしてあるのではないか、デジタルという分野で考えたときに固有の問題が考えられるのではとみている。その解決策として、具体的に特別法にするのか他の方法を採るのかはともかく、そのように考えている」と回答。中山試案と日本経団連の慎重意見では対象範囲が異なり矛盾するものではないとした上で、デジタルコンテンツの流通促進策として特別法制定のみを想定しているわけでないと説明した。

「着メロも動画投稿サイトも個別規定で対処してきた」「企業がリスクを負って開発可能になるだけでも効果大」

 このほか同日の会合では、音楽関連団体、文芸関連団体、障害者放送協議会、電子情報技術産業協会(JEITA)、日本図書館協会の各担当者が意見を陳述。音楽関係団体と文芸関係団体は一般規定導入に反対、障害者放送協議会、JEITA、日本図書館協会は賛成の意見を表明した。

 日本音楽著作権協会(JASRAC)の北田暢也氏は「ネット上での新たなコンテンツ流通に対しては、現行規定の下でも、例えば着信メロディー/着うたや動画投稿サイトなどで許諾する枠組みを作ってきた実績がある」と語り、一般規定を導入しなくても新たな分野における二次利用に対応できるとして、反対の姿勢を表明した。

 JEITAの榊原美紀氏は「仮に一般規定が導入されても、企業の法務部門は社内の開発部門に対し『何でもかんでもやっていいよ』と勧めることはない。使い勝手の向上やユーザーの利便性などを基にフェアかどうかを判断することになるだろう。現行の規定では、そうした是非の判断までもいかず、形式的に違法となるものはやめざるをえない。それができるようになるだけでも効果は大きい」と語り、コンプライアンスの観点から形式的な違法行為にも厳格に対処せざるを得ない現状と比較し、二次利用の是非を司法判断に委ねられるようになるだけでも、一般規定のメリットは大きいとの見解を示した。


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