VIA Technologiesが2008年5月に発表した新型CPU「Nano(ナノ)」。同社がAtom対抗と位置付ける製品で、それまでのC7とは全く異なる設計を採用した力の入ったCPUだ。本格的な量産出荷の前に、VIAは報道関係者向けに評価用マザーボードの提供を開始。日経WinPCは、そのマザーボードを入手して性能や消費電力を調べた。

 VIAが相当な気合いを入れてアピールするだけあって、Nanoの実力はなかなかのものだ。少なくとも今回テストしたNanoは、Atom 230よりも高い性能を示した。本記事は2008年6月5日に公開したAtomの評価記事(【詳細版】Atom 230とCeleron、Core 2、Athlon X2を比較)の結果を流用して構成している。取り上げたCPUやテスト内容の詳細については、そちらの記事も参照してほしい。

 テスト結果の前に、Nanoについてざっとまとめておこう。Nanoは「Isaiah(イザヤ)」の開発コード名で呼ばれていたシングルコアのCPU。1999年の買収によりVIAの子会社となったCentaur Technologyが開発した。VIAはNanoを、これまで主に組み込み用途や低価格PC向けに販売してきたC7の上位製品と位置付けている。C7とNanoはピン互換で、C7用マザーボードを容易に流用できる設計になっている。

 C7はマイクロアーキテクチャーをシンプルにすることでダイサイズを小さくし、低コスト、低消費電力を実現したCPUだ。その半面、今どきのPC向け主力CPUと比べると性能は格段に低く、メインのPC用として使うにはどうしても力不足の感が否めない。NanoはC7の弱点をカバーすべくマイクロアーキテクチャーを一新。複数の命令を同時に処理するスーパースカラー(スケーラー)構造にして、命令の取り込み順に関係なく、実行できる命令から処理するアウト・オブ・オーダー実行を実装した。アウト・オブ・オーダーはIntelやAMDのPC向けCPUではずっと以前から使われているが、VIA製CPUでは初めての実装だ。

 ちなみIntelは、PC用CPUで採用していたアウト・オブ・オーダーなどの複雑な機構をすべて排して、Atomをシンプルな作りにした。低消費電力CPUという領域でIntelとVIAは正反対のアプローチで設計したわけだ。

Nano L2100とAtom 230、動作周波数の近いデスクトップPC用Celeronも比較

 写真1と2は、VIAが製造したNanoプラットフォームのレファレンスマザーボードだ。評価専用のマザーボードであり、このままの形では製品化されない。Nanoには、デスクトップPCとノートPC向けのLシリーズと、携帯端末向けのUシリーズの2種類ある。Lシリーズは1.8GHz動作のL2100と1.6GHzのL2200の2モデル。TDP(熱設計電力、実使用上の最大消費電力)はL2100が25W、 L2200が17W。Uシリーズは1.3GHz以上のU2400(TDP8W)、1.2GHzのU2500(同6.8W)、1GHzのU2300(同 5W)がある。FSBは800MHz。アイドル時の消費電力はL2100のみ0.5Wでほかは0.1Wだ。今回のボードには、最上位のL2100が搭載されていた。

 評価に使用したCPUとマザーボードは以下の通りだ。

  • 【Nano L2100】Nanoプラットフォームレファレンスボード(VIA Technologies、Nano L2100オンボード、CN896チップセット搭載)
  • 【Atom 230】D945GCLF(Intel、Atom 230オンボード、Intel 945GCチップセット搭載)
  • 【Celeron 220】D201GLY2A(Intel、Celeron 220オンボード、SiS662チップセット搭載)
  • 【C7】MM3500(VIA Technologies、C7-Dオンボード、CN896チップセット搭載)
  • 【Core 2 Duo E7200】GA-G33M-DS2R(GIGABYTE TECHNOLOGY、Intel G33搭載)+Core 2 Duo E7200(2.53GHz、FSB1066MHz、2次キャッシュ3MB)
  • 【Athlon X2 4850e】JW-RS780UVD-AM2+(J&W Technology、AMD 780G搭載)+Athlon X2 4850e(2.5GHz、TDP45W)

 そのほかのパーツ構成は以下の通りだ。

  • 【メモリー】DDR2-800 1GB×1(JEDEC準拠)
  • 【HDD】WD Caviar GP 500GB(Western Digital、WD5000AACS)
  • 【電源ユニット】EARTHWATTS EA-430(Antec、430W)
  • 【OS】Windows XP Professional Service Pack 3 32ビット日本語版 ※可能なプラットフォームでは省電力機能を有効にした

 前回のCore 2 Duo E7200とAthlon X2 4850eは、比較的安価で消費電力が低い売れ筋デスクトップPC向けCPUとして比較対象に盛り込んだ。さらに今回は、AtomやNanoと動作周波数が近いデスクトップPC用CPUとして、Celeron 420(シングルコア、1.6GHz、FSB800MHz、2次キャッシュ512KB)、Celeron Dual-Core E1200(デュアルコア、1.6GHz、FSB800MHz、2次キャッシュ512KB)の結果もグラフに追加した。ただし、この2つのCPUの結果は、別のテストでの結果を流用したもので、上記のCPUのテストとはパーツ構成やOSが異なる。

  • 【マザーボード】P5Q-E(ASUSTeK Computer、Intel P45搭載)
  • 【メモリー】DDR2-800 1GB×2(JEDEC準拠)
  • 【グラフィックス】Radeon HD 4850搭載ボード
  • 【HDD】Deskstar P7K500 500GB(日立グローバルストレージテクノロジーズ)
  • 【OS】Windows Vista Ultimate Service Pack 1 32ビット日本語版

 今回はCPU処理に特化したテストがほとんどであり、HDDやグラフィックスボードの違いにより極端に結果が変わるわけではない。とはいえ、何しろメモリー容量が2倍でOSも異なるので、あくまでも参考値としてとらえてほしい。パーツ構成が違いすぎるため、この2つのCeleronでは消費電力は測定していない。

 表2に、Atom 230とNano L2100の主な仕様をまとめた。Atomにはいくつか種類があるが、自作PC用のパーツとして入手できるのは、Mini-ITX規格のマザーボードに実装されているAtom 230だけだ。Atom 230はFSB533MHz、1.6GHz、2次キャッシュ512KB。対してNano L2100はFSB800MHz、1.8GHz、1MB。設計が異なるCPUの性能を、単純に動作周波数の違いで推測するのは難しいものの、マイクロアーキテクチャーの作り(Atomがシンプル、Nanoはリッチ)を考慮すると、Nanoが性能面で有利に感じられる。

 ただし、Atomは2本のスレッドを同時に処理するHyper-Threadingを搭載しており、ソフトウエアからはあたかもデュアルコアCPUのように見える。インオーダーという仕組み上、空きがちな実行ユニットを効率良く使うための機能ではあるが、ソフトウエアによってはHyper-Threadingの無効/有効の切り替えで1.5倍程度の性能差が生まれる。また、TDPから推測するにNanoの方が消費電力は高そうだ。Atomとは異なるポイントで、性能と消費電力のバランスを取っているのだろう。

CPUそのものの演算能力はAtom 230のおよそ3割増し

 テストでは、可能なCPUでは省電力機能を有効にしている。また、メモリー関連の設定はBIOSの標準設定のままだ。NanoのレファレンスプラットフォームのBIOS設定画面では、省電力機能の有効/無効を切り替えるような項目が見当たらなかった。NanoプラットフォームはVIAから提供されたデバイスドライバーを適用し、コントロールパネルの「電源管理」で「最小の電源管理」に設定してある。情報表示ソフト「CPU-Z」で見た限りではアイドル時でも動作周波数は変化していないようだった。VIAの担当者によると、テストしたNanoプラットフォームでは、Nanoの省電力機能「Adaptive PowerSaver」は有効になっているという。

 グラフはすべてAtom 230の結果を100%とした相対値で表した。ひたすら演算を繰り返すベンチマークテストの場合、Nano L2100はAtom 230のおよそ30%増しの性能を示す。グラフ1は、円周率計算ソフト「スーパーπ」の結果。シングルスレッドの計算アプリケーションでAtomのHyper-Threadingは有効に使われていないと推測される。Atom 230に比べ、Nano L2100は35%速かった。グラフ2はレンダリングのベンチマークソフト「CINEBENCH R10」の結果だ。ここでもNano L2100のスコアはAtom 230の3割増し。ちなみにAtomのSingle CPUのスコアは550。Hyper-Threadingが有効に働いていることが分かる。

 「Sandra 2008」の最新版におけるCPU関連テストでも、やはりNano L2100がAtom 230の3割強の性能を示した(グラフ3)。Sandra 2008のCPU関連のテストは、メモリーやHDDの性能の影響が極めて小さく、同じ設計のCPUなら動作周波数とコアの数にスコアが比例する。逆にスコアを動作周波数で割れば、設計の異なるCPUのクロック当たりの性能を(あくまでもこのテスト限定ではあるが)推測できる。その結果がグラフ4だ。整数演算も浮動小数点演算も、AtomよりNanoの方が性能は高い。

 Sandra 2008でキャッシュ周りの性能も調べた(グラフ5)。Sandra 2008のCache and Memoryは転送するデータのサイズを2KBから256MBまで変化させて速度を測るテストだ。1次キャッシュの領域内でもNanoはAtomより転送が速い。ただ、2次キャッシュ領域内の128K~512KBはわずかにAtom 230が速い。プラットフォームとしてのメモリー性能は、ほかのプラットフォームと比べれば差は小さい(グラフ6)。

 次はアプリケーションのコンポーネントを使ったベンチマークソフト「PCMark05」のCPU、メモリー、HDD関連テストの結果だ(グラフ7)。HDDはチップセットによりほぼ決まり、Atom 230とNanoの両プラットフォームではほとんど差はなかった。CPUは、これまでのテスト以上にNanoが差を付け、Atom 230比1.5倍にもなっている。テストの詳細を分析すると、Nanoは「File Encryption(暗号化)」「File Decryption(復号)」がAtom 230に比べて約2.3倍も速い。また「Image Decompression(画像の展開)」「Audio Compression(音声の圧縮)」も、1.7~1.8倍とAtom 230に大差を付けた。

 一方、メモリーのスコアは振るわない。全体的にAtom 230プラットフォームの7割強~9割強の性能に留まっていたのだが、8MBと16MBのデータの読み書きがAtom 230プラットフォームの半分ほどの速度しか出ていない。これは、Nanoプラットフォームでメモリーを1GB×2の構成にしても変わらなかった。仕様なのか、PCMark05のこの処理が不得手なのか、テスト環境に問題があったのかまでは突き止められなかった。

 ペガシスの動画エンコードソフト「TMPGEnc 4.0 XPress」を使ったAVIファイルからMPEG-2への変換では、AtomとNanoに差はほとんどなかった(グラフ8)。

Atomより20Wも高い、Nanoプラットフォームの消費電力

 CPUの潜在的な演算性能を調べるベンチマークテストで、NanoはAtom 230を上回る性能を示した。これでC7並みの低い消費電力だったらと期待が高まるところだろう。グラフ9は、アイドル時と負荷時(PCMark05のMultiThreaded Test 2実行)のシステム全体の消費電力をまとめたものだ。先に述べたようにパーツ構成が違いすぎるCeleron 420とCeleron Dual-Core E1200の結果は含めていない。

 Nano L2100のプラットフォームはアイドル時こそ32.2Wと、ほかのMini-ITXマザーボード群と同じようなレンジにあるものの、負荷時の消費電力は何と53.1W。Celeron 220よりも高く、デスクトップPCのCore 2 Duo E7200に迫るほどだ。対するAtomはアイドル時31.6W、負荷時でも33.3Wで約20Wも消費電力が低い。

 これではC7やAtomの代替にならないと判断するか、性能向上分を考えれば妥当と考えるかは用途次第だろう。特に今回テストしたのはNanoの中でも最も動作周波数とTDPが高いL2100。動作周波数とTDPの低いUシリーズでは、消費電力と性能のバランスが変わるのは確実だ。

 現時点ではNanoを搭載したマザーボードの価格が日本市場でいくらになるかが分からない。Atom 230搭載マザーボードが人気となっている要因の一つに、9000~1万円強という価格の安さがある。現行のC7搭載Mini-ITXマザーボードは1万~3万円。Nano搭載マザーボードがAtom搭載マザーボードと同程度の価格で登場すれば、Atomとは異なる特性を持つ別の選択肢として人気になるのは間違いない。

●ベンチマークテストの概要
■スーパーπ
 テストに利用しているのは、東京大学金田研究室が開発した円周率計算プログラムをWindowsに移植したもの。シングルスレッドの古いアプリケーションで、現在のマルチコアCPUの潜在性能は判断するのには向かないが、簡単に測定できるため自作PCでは定番のベンチマークになっている。

■CINEBENCH R10
 MAXON Computerが公開しているベンチマークソフト。32ビット版と64ビット版がある。最新版のR10では主に2種類のテストがある。1つは3次元画像のレンダリングで、CPU性能が大きく影響する。1個のCPUコアしか使わない「Rendering (Single CPU)」とすべてのコアを使う「Rendering (Multiple CPU)」があり、前者でコアそのものの性能、後者でCPU全体の性能が判断できる。処理の特性上、各コアでの処理の独立性が高いため、コア数に比例して性能が伸びる傾向にある。理想的なCPUの使われ方であり、CPUの持つ潜在的な演算性能が分かる。2つ目のテストは、リアルタイムに3Dアニメーションを描画する。グラフィックス機能の性能が影響する。

■Sandra XII.2008
 SiSoftwareが開発しているPC情報表示とベンチマークテストのソフトウエア。アプリケーションの総合的な実行性能ではなく、CPUやメモリー、ドライブ、ネットワークなどコンポーネント単位の性能を調べるのに適している。CPU関連テストは、古典的な整数演算や浮動小数点演算の繰り返しであり、メモリーの容量や速度、HDDの性能の影響はほとんど受けない。算出される値は、コア数の分だけ単純に加算される。同じ動作周波数なら、デュアルコアCPUがシングルコアCPUのほぼ2倍の数値になる。

■PCMark05
 Futuremarkによるベンチマークソフト。現実のアプリケーションでも使われているプログラムを元に、CPUやメモリー、グラフィックス、HDD の各パーツの処理能力を測定できる。CPUはファイルの圧縮や展開、暗号化/復号などを実行する。メモリーは読み書き時の転送速度の測定、グラフィックスはウインドウ描画やグラフィックスメモリーの転送テスト、HDDやWindows XPの起動を模したモジュール読み込みや総合的な読み書き性能などを測る。

■動画のエンコード(DV→MPEG-2変換)
 ペガシスの動画エンコードソフト「TMPGEnc 4.0 XPress」を利用したテスト。映像ソースはDVカメラで撮影した、720×480ドット、1分間(1800フレーム)のAVIファイル。平均4Mbps、最大8MbpsのVBRでMPEG-2に変換した。