かわい・けいいち:仙台市生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。米ハーバード大学経営大学院修了(MBA)。2007年グーグルに入社し、日本法人でGoogleマップ、Google Earthなど地理情報製品の企画・開発・日本市場での展開を担当。2011年から米カリフォルニア州の本社に勤務し、グローバルでGoogleマップ「ストリートビュー」のサービスを統括している(撮影:稲垣 純也)
かわい・けいいち:仙台市生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。米ハーバード大学経営大学院修了(MBA)。2007年グーグルに入社し、日本法人でGoogleマップ、Google Earthなど地理情報製品の企画・開発・日本市場での展開を担当。2011年から米カリフォルニア州の本社に勤務し、グローバルでGoogleマップ「ストリートビュー」のサービスを統括している(撮影:稲垣 純也)
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 「カワイさん、日本で大地震が起きた」。河合敬一氏は2011年3月、グーグル本社のある米西海岸マウンテンビューで第一報を受けた。Googleマップストリートビュー(街路写真を閲覧できるサービス)のチームメンバーは、河合氏の故郷が震源に近い仙台市だと知っていた。「みんな心配してくれて、本当に心強かった」と振り返る。

 河合氏は業務の合間をぬって、仙台市内に住む両親に電話をかけ続けた。震災発生直後こそ国際電話が通じたが、その後音信不通に。この間、テレビで次々と大津波や福島第一原子力発電所事故の惨状が伝わる。数日後に両親は無事だと分かったが、家屋の損傷や停電・断水などの影響は深刻だった。

 「テレビでは限られた場所のことしか分からない。それ以外の場所の情報を欲する人がいる」。この思いから、河合氏は衛星写真の提供や避難所と連携した安否検索サービス(パーソンファインダー)などを立ち上げた。その後、ストリートビュー撮影車で被災地の実態を記録し、公開。走行距離は4万4000キロ以上に及んだ。

2013年3月、福島第一原発事故の立ち入り制限区域内で初めて、福島県浪江町でGoogleストリートビューの撮影を開始、3週間で公開にこぎ着けた。河合氏が馬場有町長を訪問するなどして信頼関係を築いた。その後、撮影範囲を同県飯舘村や南相馬市などにも拡大した
2013年3月、福島第一原発事故の立ち入り制限区域内で初めて、福島県浪江町でGoogleストリートビューの撮影を開始、3週間で公開にこぎ着けた。河合氏が馬場有町長を訪問するなどして信頼関係を築いた。その後、撮影範囲を同県飯舘村や南相馬市などにも拡大した
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