360度、高座を取り囲むディスプレイ。絶え間なく流れる映像を背景に、噺(はなし)を進める。その様子は、ライブ配信サービス「ニコニコ生放送」で放映され、書き込みという形で、ユーザーの反応がリアルタイムで返ってくる──。落語とITとの融合にいち早く挑むのが、林家彦いち氏だ。
落語はもともと、客が頭の中で情景を思い浮かべながら聞くものだ。彦いち氏はあえて、そこに映像を持ち込んだ。ただし「豊かな人間の想像力を損なうやり方は駄目。噺の内容をただ見せるだけでは意味がない」。目指すのは、映像の力で新たな笑いを生むこと。例えば主人公が天国に行く場面。とぼけた風貌の“神様”が映像で現れ、主人公とひょうひょうとした会話を交わす。神様の風貌が具体的に見えることで、その発言の味わいが増し、客の笑いをいっそう誘う。
噺をする相手がネットの向こうにいる、というのも新しい。ただ実際に高座に上がってみると、寄席で目の前の客に向かって話すのと、どこか似ていたという。「落語は、お客さんと落語家とが1対1の関係を築くもの。お客は、それぞれに想像をふくらませ、噺を味わってくれる。ネットユーザーとの関係性は、それに近かった」。
