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松浦晋也「人と技術と情報の界面を探る」

カラシニコフの死とAK-47と核兵器

松浦 晋也=ノンフィクション作家 2014/01/06 PC Online

 今回は国際関係に詳しい人やミリタリーマニアの間では常識だが、必ずしも一般に広く知られているとは言い難い話を書くことにする。

 昨年末の12月23日、ロシアの技術者、ミハイル・カラシニコフが死去した。享年94歳の大往生だった。彼の代表作である自動小銃「AK-47」は、「20世紀の歴史を変えた工業製品」を列挙するなら、間違いなくIBM PCやMacintoshなどと並んで博物館に収まるだろう。それほど大量に生産され、世界中で広く使われ、歴史を変えた。

 第二次世界大戦に、カラシニコフは戦車の車長として参戦した。戦場で彼は、ナチス・ドイツが整備した機甲師団の圧倒的な攻撃力を知る。ナチスと戦い、祖国を守るには強力な兵器が必要だ――負傷して後送された彼は療養中にそう考え、銃器開発技術者の道を選んだ。

 戦争終結後の1946年、27歳のカラシニコフは、自らの経験に基づいて彼なりの理想の自動小銃を開発する。銃はソ連軍に採用され、1949年に「AK」という型式番号を与えられた。後の「AK-47」である。

AK-47自動小銃(Wikipediaより)
[画像のクリックで拡大表示]

 AK-47は自動小銃の傑作だった。部品点数は少なく、誰でも簡単に分解整備ができた。たとえ十分な潤滑油がなくとも動作したし、砂塵の中で扱っても、泥水に浸かった行軍の後でも、引き金を引けば確実に弾丸を発射した。多少サビが出ている弾丸を撃っても壊れなかった。

 さらにAK-47は、作りやすかった。部品の工作精度が低くても問題が出ないように設計段階から工夫されていた。不十分な工作機械でも、熟練していない工員でも、AK-47の部品を作ることができた。

 もちろんこれらの特徴の半面として、命中精度が低いという欠点をAK-47は持っていた。しかし、カラシニコフは自らの体験から、戦場の兵士にとって最も恐ろしいことは、敵を前にして引き金を引いても弾丸が出ないことだと知っていた。だから、彼は、高い命中精度よりも、なにがあっても誰が扱っても正しく動作することを優先した。その結果、完成したAK-47は、作りやすく、壊れにくく、扱いやすく、信頼できる自動小銃となった。

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