10月25日、安倍内閣は特定機密保護法案(特定秘密の保護に関する法律)を閣議決定した。安倍内閣総理大臣は、行政府の長として法案を国会に提出し、成立させると意志表示したわけである。

 法案の全文は、朝日新聞東京新聞などがWebに掲載している。また、これまでに経緯に関する資料は 一般社団法人News for the People in Japanが、法案反対の立場から資料収集ページを公開している。

 安倍内閣は法案成立に向けて力を入れている。しかし、法案を読んでいくに、これはかなり問題の多い法案だと私は判断する。

 最大の問題は、法案第1条で「高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される」と書いているにもかかわらず、インターネット出現以降の世界的な情報環境の変化にまるで無頓着であることだ。

 この法案が可決、施行されれば、官庁は仕事が増え、闊達な情報流通は萎縮して経済活動に影響を与える一方で、大規模な機密漏洩の発生を防ぐことはできないだろう。

情報公開規定がないので、日本は“認知症国家”となってしまう

 すでにメディアではさまざまな問題点が指摘されている。まずは世間一般で言われている、特定機密保護法案の問題点をまとめておこう。

1)機密を漏らした者への罰則が最高10年の懲役と重く、しかも機密を聞き出そうとする行為も処罰対象となる。このため官民の立場を超えた闊達な意見交換を萎縮させる可能性がある。

2)機密指定するかどうかは行政機関の長が判断する上、機密指定の対象が防衛・外交・スパイ行為防止・テロ防止に関係する「国の安全保障に著しい支障を与える恐れがあるもの」と漠然としているため、拡大解釈で際限なく機密指定を拡大することが可能である。行政機関の長が、「この情報は機密指定すべき」と的確に判断できる資質の持ち主である保証はない。「指定しないで後で責任問題になるのは困る」と、むやみと機密指定を拡大し、行政文書を秘密だらけにする恐れがある。

3)機密を扱う公務員の身辺調査が、精神疾患や借金状況にまで及び、人権侵害の恐れがある。

4)機密指定した情報の開示プロセスが決まっていない。機密指定は5年単位だが、何度も更新可能となっている。このため永久に開示されることなく、その件に関して後の世に歴史的判断を下そうにも下せなくなる可能性がある。

5)国会議員の国政調査権にも制限を加えている。当該問題を議論しようにも、議論そのものが機密漏洩に問われる可能性がある。機密指定された政治問題が、いかなる議論も経ずにそのまま誰にも知られることなく固定化する恐れがある。

 これらの中では、4)が特に問題だろう。国家の情報は国民の共有財産であり、もしも錯誤が入り込んで国の進路を誤ったならば、二度と同じ間違いを犯さないように歴史学的に研究し、評価しておく必要がある。そのためには国家の情報は基本的に公開、機密情報も時間がたてば公開することが必須だ。

 このことは、国家が歴史的な長い時間経過の中で健全性を維持するのに必須の重要問題だ。きちんと情報を保管管理し、公開していかなければ、国家は健忘症となる。

 この法律が成立すると、日本は、朝ご飯を食べたのに食べてないと主張するかのように同じ間違いを何度も犯す“認知症国家”となってしまう。

 日本の政治も行政も、「日本のために未来へ記録を残す」という意識が極めて希薄だ。東日本大震災時には、民主党の菅内閣が震災対策に関して公文書管理法の定める議事録を作成せずに批判を浴びた。  また、現安倍内閣の菅義偉官房長官は、安倍内閣が設立を目指している日本版NSC(国家安全保障会議)の議事録について、11月1日の衆議院国家安全保障特別委員会で「自由闊達(かったつ)な議論を確保する必要から議事録は作成しない」と答弁した。  この程度の記録に対する認識で、特定機密保護法が施行されるのは本当に恐ろしい。日本は過去に自国が何をしたかすら、他国の公文書館に頼らねば分からない国になってしまうだろう。