最初に、ちょっと技術とは関係ないことを書こう。
 東京電力の清水正孝前社長が6月25日付で富士石油の社外取締役に就任するというニュースが流れた。東電は富士石油の筆頭株主。つまり天下りだ。震災時の東京電力経営陣は、責任を取ってほとんどが退任することになっているがそのうち、高津浩明常務が、関連会社である東光電気の社長に就任、宮本史昭常務が、東電が株式を保有する日本フィールド・エンジニアリング社長に就任とも報道されている。

 一般に経営者は、単に偉いからたくさんの報酬を得ているわけでない。難しい経営判断を行い企業を健全に経営する責任を負っているからこその高い報酬だ。経営者は、株主のために企業を維持発展させる責任を負うが、東京電力のような独占インフラ企業の場合は特に、株主だけではなくインフラに関係するすべての人、すなわち東京電力の電力を使用するすべての人と組織に対して責任を負うことになる。
 今、福島第一原子力発電所の事故のために、東電の信用は地に墜ちている。インフラ企業として社会的な信頼の回復は急務であり、経営者は最後の最後まで信頼回復に努めねばならない。
 では、この天下りは東電の社会信頼にどう影響するだろうか。すでに1兆円近い公的資金を受け取っており、電気料金の値上げも計画している企業の経営陣が天下りをするということは、社会の側からは「地位だけ横滑りして逃げた」と受け取られる。東電はますます信頼を失うことになりかねない。現状での天下りは、信頼回復という経営者の責務の放棄を意味する。

 「無責任な連中が経営をしているからあんな事故を起こしたんだ」と特定個人に怒りをぶつける前に、構造的問題に目を向けよう。東京電力のような大きな組織では、個人の意志より組織の維持が優先することがある。「今ここで天下りをしたらまずい」と本人が判断しても、経営企画や人事のセクションが圧力を掛ける場合がままあるのだ。「あなたが行かないと後輩が迷惑を被ります」と。
 天下りのポストはだいたい、天下りする側とされる側の力関係で決まり、その多くは先輩から後輩へと代々受け継がれる指定席である。だが、天下りされる側が、歓迎して受け入れている例はまれだ。当たり前の話で、例えば天下りを社長として受け入れる会社の社員にしてみれば、いくら頑張って働いて社業に貢献しても社長にはなれないということだからだ。だから、天下りされる側は、チャンスさえあれば指定席の指定を外そうとする。ずるずる続いていた天下りが途切れる時は、指定を外すチャンスだ。代わりの者を任命して椅子を埋めてしまい、後は「もうこちらにも人材がおりますので」とひたすら頭を下げて天下りをやんわりと拒否するわけだ。
 そうならないように、天下る側は途切れることなく天下りを送り込まねばならない。誰かが拒否すると代わりの者を送り込む必要があるが、年次や天下り前のポスト(天下りの椅子にも“格”があり、元の組織である程度の地位にいないと天下れない椅子もある)などで代わりが見つからないことも多い。それが、経営企画や人事の言う「あなたが行かないと後輩が迷惑を被ります」という言葉の意味である。

 清水正孝前社長以下の天下りは、東京電力という組織には、経営者に地に墜ちた信頼を回復するという社会的責務を果させるよりも、天下り椅子の確保という組織維持を優先する体質があることを示している。このことは、今後東京電力が発表する経営計画について、私たちがその背後にある東京電力の意志を推測するための材料を提供していると考えるべきだろう。