前回までで、2011年3月11日からの数週間に福島第一原子力発電所で実際になにが起こったかを知るための最低限の基礎知識はほぼ説明した。今回は実際に事故の経緯を追っていく前に、原発で実際に起きた爆発について説明していくことにする。
 福島第一原発の1号機では、2011年3月12日午後3時36分頃、原子炉建屋で爆発が発生した(以下時刻はすべて「頃」である)。続いて3月14日午前11時1分には今度は3号機の建屋が爆発。爆発規模は1号機よりも大きく、建屋上部が大きく損壊した。さらに3月15日午前6時10分には4号機の建屋で爆発が発生した。
 これら原子炉建屋爆発のニュースを聞いて、「もう日本はダメなのか」と思った方は少なくないだろう。
 福島第一で実際に起きたのは水素爆発だった。では、水素爆発とはどんな現象なのだろうか。

燃料棒のジルコニウムと水が反応して水素が発生する

 もう一度、原子炉の構造に立ち返ってみよう。まず核燃料がある。核燃料はちょうど薬の錠剤のように焼き固めたセラミックス、つまり瀬戸物のようなもので、ジルコニウム合金の鞘に多数詰めて燃料棒となる。イメージとしては、お菓子屋やコンビニで売っている 10個とか15個のキャンディを紙でくるんで棒状にまとめたものを思い浮かべればよい。燃料棒は多数を束ねて圧力容器の中に収め、水にどっぷりと漬ける。その状態で核分裂反応を起こすと水が温められて水蒸気となり、水蒸気がタービンを回すことで発電ができる。
 ぶ厚い鉄系の合金で作られた圧力容器は、さらに格納容器という大きな容器の中に収まっている。福島第一のマーク1格納容器は理科の実験で使うフラスコのような形をしていて、根本にはドーナッツ形状の圧力抑制室が付いている。格納容器はたとえ事故があっても放射性物質を漏出させないという閉じ込めの役割と、事故時には圧力抑制室にためた大量の水を使って燃料棒を冷やすという役割を持っている。これらすべては原子炉建屋というコンクリート製の建物の中に入っている。
 さて、事故が発生して圧力容器内の水位が低下し、水に浸かっていた燃料棒が水面上に顔を出してしまったとしよう。制御棒を挿入して核分裂反応を止めることに成功しても、燃料棒の内部には核分裂反応の結果生成した大量の放射性同位体がたまっている。これらは崩壊して別の元素に変化していく過程で、大量の放射線と熱を発生する。通常ならば、水で冷やし続けて発生する熱を海に捨てるが、水位が低下した場合は燃料棒の温度はどんどん上昇する。量の減った水も燃料棒からの熱でどんどん蒸発して水蒸気となる。燃料棒のジルコニウム合金製の鞘は、高温の水蒸気にさらされることになる。

 ところでジルコニウムという元素は高温の水蒸気に接すると化学反応を起こす。水は水素と酸素の化合物だが、ジルコニウムが水から酸素を引っぺがして自分は二酸化ジルコニウムに変化してしまうのだ。後には水素が残る。
 水素がどんな性質を持っているかは皆さんご存知だろう。原子番号は1の最も軽い元素で、ガスの状態では2つの水素原子が結合してH2という分子になっている。まず空気よりも軽い。風船に詰めるとふわふわと浮き上がる。
 燃えるという化学現象は、何かが酸素と結合してエネルギーを発生することだ。水素の燃焼によって発生するエネルギーは大きい。もう一つ、水素は燃焼する速度が非常に速い。つまり条件をそろえてやれば一気に燃えてエネルギーを発生する。閉じた空間で一気に燃えてエネルギーが発生すれば、爆発ということになる。つまり、閉じた空間で酸素と混ざった状態の水素は大変に危険なのだ。お祭りの売店などで売っている風船は、最近では水素を使っていない。より高価だが爆発しないヘリウムを使っている。
 原子炉の中で発生した水素はそのままでは危険というわけではない。運転時、原子炉の格納容器内は窒素ガスを吹き込んで酸素を追い出した状態にしてあるからだ。だから水素をうまく逃がせば、さほど危険は大きくない。空気中に放出された水素は、空気より軽いものだから急速に拡散する。拡散してしまえば水素は怖いものではない。
 しかし、狭い閉じた空間に水素が漏れ出すと、そしてその空間にいつも我々が呼吸しているような空気があると、非常に危険な状態になる。水素は拡散しやすいので急速に空気と混じる。そして空気は80%が窒素で20%が酸素だ。酸素と水素が混じった状態で、なにかきっかけがあれば、急速な燃焼反応が起きる。そこが閉じた空間だったなら、ドカン。爆発となる。大体、空気中の水素濃度が4%を超えると爆発が起きる可能性が高まる。