最近、「へぇ~」と感心したのは、「エンハンストブック」という新しい分野の発展ぶりである。エンハンストブックは直訳すると「強化版書籍」。つまり電子書籍の中に写真やビデオが盛り込まれていたり、ナレーションがついたり、リンクが貼られていたりするものだ。画面を傾けると、絵の中のカップケーキが転げ回ったりする有名な『不思議の国のアリス』iPad版なども、強化版書籍のひとつである。日本では、マルチメディア書籍などと呼んだりするのだろうか。

 その『アリス』は実にアーティスティックな本で感心したが、当初出ていたほかのエンハンストブックというのは、今ひとつ面白くなかった。著者の故郷を訪ねたビデオとか、内容をイメージした写真などが巻末についているという感じで、とってつけたようなものが多かったのだ。

 だが、今は違う。

 例えば最近評判になった『JFK 50 Days』。故ジョン・F・ケネディー元大統領の就任50周年を記念した出版で、ハードカバーの印刷版の書籍が元になっている。その内容に、NBCネットワークが持っていた画像のアーカイブや他のビデオ、写真などを盛り込み、本を読みながら、当時の記録画像を見たりして、どんどん世界が広がっていくという趣向である。『アリス』的なアーティスティックなアプローチではないが、事典的というか、とても役に立つ感じだ。Vookという新種の出版社が製作した。

 先だってニューヨークで開かれたある電子書籍会議に参加したら、強化版書籍を専門とする出版社が数社来ていた。その出版物のラインアップを見ると、歴史物からドキュメンタリー、料理本、ヨガ本まで、かなり幅広い。ちなみに製品パンフレットも、強化版パンフレットだった。これによって新しいアピールの方法を獲得しているようだ。

 既存の出版関係者の感想を聞くと、こういう強化版書籍への意見は二分されるようだ。面白いとか、出版社にとっても新しいビジネス機会だと捉えている人々もいれば、本を読むという集中力をそぐと眉をしかめる人々もいる。確かに、文字を追いながら頭の中で想像の世界を立ち上がらせようとしているのに、ひどく具体的な絵やビデオがサッサと目前に現れたら、興ざめな場合もあろう。自分の想像力自体を弱めてしまうかもしれない。

 特に若者には、そんな本の読み方をしてほしくないという声も多い。その一方で、若者にはもうこれしかないと考えている関係者もいる。デジタルネイティブである彼らはもともと注意力が散漫で、そういう性向にはあちこちへ枝分かれする強化版書籍はぴったり合っているというのだ。

 私自身は、あくまでもテキストがちゃんとした流れで読め、それに加えてマルチメディアが洗練された方法で付け加えられていたら、結構気に入るかもしれないと思う。その洗練された方法自体を、優れた才能でもって見せてほしいのだ。

 強化版書籍は、テキストの編集だけをやってきた出版関係者だけでは手に負えず、映画製作会社などがかかわってくることになる。強化版を先に発案するような作家もこれから出てくるだろう。もはや本と呼ぶ必要もないのかもしれない、まったく新しいメディアだ。しかも、出版社の中には、ほかの出版社が強化版書籍を簡単に作れるようなプラットフォームを作っているところもあり、「血がにじむほど大変」なのだそうだ。

 Googleブックなどによって、歴史的文学作品の電子版が無料で読めるようになった今、強化版書籍の制作者にとって、そうした無料書籍は宝石の原石のようなものらしい。付加価値をつけて新しい作品として作り替えることができるからである。『アリス』もそうして作られた。そのうち『聖書』を手がける人々も出てくるだろう。

 日本でも、『源氏物語』などが、新しい強化版書籍として出てくれないものだろうか。楽しみなことである。