高倉 弘喜 名古屋大学 教授

 本論に入る前に、私の知り合いの話をします。ある大学の先生なのですが、どこからかクレジットカード情報が漏れてしまい、不正に使用されてしまいました。幸運なことに、不正と認定された分は請求されず、また、すぐに新たな番号のカードが発行されました。これで安心されたのかもしれませんが、大事な手続きを忘れていました。それは、クレジットカード払いにしていた各種料金の変更手続きでした。これに気付いたのは、新しいクレジットカードへの請求書が届いたときです。なぜなら、不正使用以降、用心のためにそのカードでは買物をしていない。「何だろう?」と明細を見ていると……そこには公共料金の請求が列挙されていたのでした。

 クレジットカード会社に問い合わせてみると、「旧番号への請求のうち、公共性のあるものは、自動的に新番号に付け替えるサービスを行なっております」という返事だったそうです。

 私のようなうっかり者からすると、とても気配りの効いたサービスと言えます。しかし、利用者への事前説明がなかったのは問題とも言えます。また、「公共性」の定義が曖昧なのも気になります。例えば、光熱水料は使用した住所(住居)に紐付けられますので、不正に決済するのは難しいでしょう。一方で、公共施設の使用料をクレジットカードで支払える自治体もあります。現在は、利用できる施設を限定する、利用者登録時に運転免許などの本人確認書類を確認するなどの不正防止策はとられていますが、光熱水料に比べると、使用者と住所の紐付けは完璧ではありません。今後、サービスが充実していくとすれば、公共性だけで自動付け替えをしてよいのか微妙になってきそうです。

 この話を国民IDに当てはめると、不正利用された国民IDの再発行、および旧番号との紐付けをどのようにすべきなのか? という問題になります。筆者は、国民IDを導入するのであれば、「絶対に不正を起こさせない体制」だけに注力するのではなく、不正利用の際の被害拡大防止や被害者救済の体制を十分に整え、不正利用は引き継がせずに国民IDを再発行する仕組みの構築と、不正利用の際の(補償)手続きの明文化が必要と考えます。

 例えば、米国の社会保障番号は就職、銀行口座の開設、住居契約などありとあらゆる契約で必要となります。利用の範囲が広ければ広いほど、漏洩や悪用のリスクは高まるわけで、万が一の際にはクレジットカードの例と同じく、別の番号の発行を受けることになります。一方で、社会保障番号は税金関係の手続きに使いますので、国としては旧番号と新番号の紐付けは必須となります。そのため、社会保障番号の申請書では、項目2に「以前割当られていた社会保障番号」というものがあります。筆者が渡米中に取得した時は、「以前の居住地で名乗っていた通称」というのまでありました。国民IDでも、同様の紐付けをする枠組みが必要になるでしょう。このとき、紐付けを参照できる範囲が曖昧なままでは困ることになります。