今年2月に、バービー人形の最新の職業が発表になりました。バービー人形はこれまで、1959年のファッションモデルから、看護婦、客室乗務員、宇宙飛行士、ロックスター、消防士、最近ではエアロビクスのインストラクターやレースドライバーなど様々な職業を経験してきました。

 そして今年もファンからの投票によって職業が選ばれたのです。一般投票では、コンピューター技術者が選ばれました。彼女は0と1のバイナリコードが印刷されたTシャツと、Bluetoothのヘッドセット、そしてスマートフォンにピンクのノートパソコンというギークな姿で登場しました。ちなみに、女性からの投票ではニュースキャスターが選ばれました。

 さて、日本で同じような投票をしたとして、コンピューター技術者が選ばれたでしょうか?

 日本ではコンピューター技術者の労働環境が、「3K」を通り越して「5K」「7K」「10K」(きつい、帰れない、汚い(床下にもぐる)、給料が安い、休暇が取れない、化粧ののりが悪い、婚期が遅れる、子供を作れない、などなど)とまで言われています。一般的に、青少年があこがれる職業ではないでしょう。ITバブルのころには、大金を手にすることのできる職業として、一瞬、脚光を浴びましたが、それはもう過去のことです。

 米国のコンピューター技術者という職業に対する考え方がうかがえるもう一つの調査結果が発表されています。米フォーブスから発表された、昨年度の「Best Jobs in America」(アメリカの最高の職業)という調査結果です。

 3万5000人以上の働いている人々からアンケートを収集し、自身の職業における満足度や柔軟性、ストレスなどの自己評価と、長期成長の可能性や給料などの要素を考慮して順位付けされています。

 そのトップに輝いたのはシステム・エンジニア(SE)でした。平均給与は1ドル92円換算で801万円、最高給与は1196万円でした。日本でこれだけの待遇を受けているSEはそう多くはありませんし、しかも自身の職業に対する満足度(quality-of-life)がそれほど高くはないのではないでしょうか。

 米国で人気の職業が、なぜ日本では人気が無いのでしょうか? 私がこの業界に入った時には既に35才定年説がささやかれ、プログラマー → SE → プロジェクト・マネージャー(PM) → 管理職 → 経営者というピラミッドを上がるキャリアパスがしかれ、落ちこぼれた者たちは当然のように転職を余儀なくされていました。

 ここで興味深いのは「SEという職業」ということです。日本ではSEと言うと若手のプログラマー以上PM以下という、言わば中途半端な位置づけとされていることが多いでしょう。つまりプロの職業ではなく、職位だったりするのです。

 専門職としてのSEの位置付けは日本では珍しく、ごく一部のベテランたちが「最後までSEで」と頑張っていますが、「管理職に慣れないヒト」というレッテルが貼られがちです。

 恐らく日本では昔からの社会のピラミッド構造がそのまま職業にも表れていて、職人を認めない風習が強いのかもしれません。一方でSEの職場環境も米国とは大きく違うのかもしれません。

 日本では大きなシステム開発を行うと、必ずと言っていいほど「死の行進」となります。納品前の地獄は想定内で、バグ対応に追われる日々を送ることになります。しかも顧客はたいてい納品前に仕様変更を申し入れてきて、営業は「はい、やります」と、それをそのまま現場に伝え、地獄の猛火はさらに燃え盛ることになります。

 これはプロジェクトの見積もり精度や仕様確定というプロジェクト初期の問題であったり、仕様変更を受け入れないと顧客が満足しない、あるいは納品に応じないなどの問題であったりします。これは顧客の問題でもありますが、それを受け入れてきた、あるいは、そういうふうに顧客を育ててしまったSI業者の問題でもあります。

 従って、必然的に給料はそのほどの高給になることもなく、職場環境は劣悪になっていくのです。

 自分の職業にプライドを持てないのにモチベーションが高くなることも生産性が高くなることもありません。悲観的に見れば、まさに負のスパイラルと言ってもいい状況なのかもしれません。

 IT業界の技術者たちの職人としての専門性の受容と、プロジェクトのあり方の見直しなど多くの課題を乗り越えないと「IT戦略」はとても実現できるものではありません。IT技術者に憧れて勉強する若者が増えるように願っています。