あるとき、私の友人のA美にこんなメールが届いたそうです。

「お願い!これに署名して!!ノルマなんだ!3秒で終わるから!!」

 送り主はA美の友人B子。B子の勤務先は楽天です。署名を求められたのは「一般用医薬品のネット販売規制に反対するための署名」。インターネット上で「署名」ボタンをクリックすれば、「ネット規制反対」に一票投じられるというものです。

 私はこれに対して、少し違和感を感じました。私の“違和感”に言及する前に、少しだけ説明が必要かと思います。

 事の発端は厚生労働省が2009年6月1日に施行する「薬事法の一部を改正する法律」。厚生労働省は2009年2月6日にその省令を公布し、その内容に「インターネットを含む通信販売では、リスクの低い一部の一般用医薬品を除いて販売禁止」という事項を記述したのです。「対面の販売」を原則とし、「一般用医薬品は薬局などの実店舗で」という主旨です。

 これに「待った」をかけたのが、一般用医薬品をインターネットで販売しているネット事業者。ケンコーコムや楽天、ヤフーなどネット事業者はその省令案が公の場に出始めた2008年夏くらいから、声をあげて「ネット規制反対!」を訴え続けています。

 そういった反発の声にもかかわらず、ネット規制を盛り込んだ省令案のまま省令は公布されました。一方で、2009年1月23日に舛添要一厚生労働大臣が大臣直属の検討会を発足させると発言。検討会でさまざまな方面からの意見を聞き、今一度、一般用医薬品の販売方法に関して議論をする必要があると言明したのです。現在「医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会」と題し、検討会が行われている最中で、その第一回が先日行われたばかり。ただ、この検討会で導かれる答えがどんなものになるのか、その答えが果たして省令に反映されるのか、2009年6月1日に施行される改正薬事法に間に合うのか、それは分かりません。

 さて、そんな折りの冒頭のメール。楽天によると、署名の数は2009年3月9日時点で80万件。

 署名を集めることは何ら悪いことではありません。また、楽天が集めた署名が、冒頭のような社員の呼びかけによるものだけでないことも分かっています。実際に、遠隔地にお住まいの方、体が不自由で外出できない方から、「ネットで医薬品が買えなくなると困る」という多くの声が寄せられているそうです。

 ただ、こういった署名活動は、署名する方も、してもらう方も、少なくとも当該事項に対して「何とかしたい!」という“思い”があるべき。それを「ノルマ」として、会社が課すのはどうでしょう。そして、このようにして集めた票を含む署名の数を声高にプレスリリースで流し続ける楽天に対して、違和感を感じるのは私だけではないはずです。

 それだけではありません。楽天やケンコーコムは、本件に対してとかく対立構造を強調したがります。例えば、先日行われた第一回の検討会後に行われたケンコーコムの会見で、後藤玄利社長は「(検討会は)集団リンチにあったようなものだった」と話ました。その会見には検討会に参加していない記者もいたようです。会見後、そのコメントを引用して記事を書いた記者もいました。ただ、検討会に出席した私にすれば、少なくとも「集団リンチ」には見えませんでした。むしろ、後藤社長の発言回数が一番多かったくらい。確かに、検討会メンバーの中には、ネット事業者に対して辛辣な意見を言う方や、「とにかく臭いものに蓋をしなければ」という考えが透けて見える方もいたのは事実です。ただ「集団リンチ」と言うほどまでのことであったかといえば、少なくとも私はそうは見えませんでした。

 楽天の三木谷浩史社長が、ネット規制反対の主張を繰り返すことでメディアは注目します。対立構造を前面に押し出した方が、分かりやすく、民衆にも伝わりやすいでしょう。そうでもしなければ、舛添厚生労働大臣が直轄の検討会を発足するなどということも実現し得なかったかもしれません。厚生労働省の考えややり方も、まだ足りないところはたくさんあると思います。

 ただ、せっかくスタートラインに立てたのです。既存の業界団体が中心に行っていた議論から、ネット事業者はようやく同じ議場で戦える状況が整った。対立構造やとにかく相手をねじ伏せるための本質と違う主張は一度置いておいて、もう少し、落ち着いて真摯に議論をしてもいいのかな、と思うのです。

 個人的には、本件の問題は「議論が足りなすぎた」こと、これに尽きると思っています。ネット規制派とネット擁護派が、お互いの「できないこと」を指摘して粗探しをしている場合ではありません。「安全に一般用医薬品を売るにはどうしたらいいのか」という本来の議論に立ち返って、お互いが「今できていること」「今できていないこと」「これからできること」をしっかり整理して、落ち着いて話し合いをしてもらいたいものです。

 さて、本日3月12日は第2回目の検討会。今回はどうなるのでしょうか。