前回、「映画の描く宇宙と、現実の宇宙は違う」という話を書いた。そして、映画の描く宇宙は地上に生きる私たちの“常識”に合わせたものだ、ということも。

 このことは逆に言えば、宇宙では、地上の常識では非常識に思えることが常識となるということだ。

 その中でも、宇宙船のランデブーに関する運動の法則は、多くの人が驚くはずである。
 地球を回る同じ軌道を、2機の宇宙船が回っているとしよう。前を行く宇宙船に後ろの宇宙機が追いつくためにはどうしたらいいだろうか。
 地上の常識に従うならば、「後ろの宇宙機がロケットを噴射して加速して、前を行く宇宙船に追いつく」ということになるだろう。しかし、これは不正解。実際には後ろを行く宇宙機が逆噴射をして減速しなくてはならない。追いつくためにはスピードを落とさなければならないのである。

 なぜこんなことになるのかというと、「宇宙船が地球という星の周りを回る軌道に入っている」からだ。
 地球を回る軌道では、加速すると宇宙機はより高い軌道に入る。高い軌道は一周するのに必要な周期が長くなる。つまり前に向かって加速すると宇宙船は高い軌道に入って、速度は逆にゆっくりになるのである。逆に減速すると、宇宙機はより低い軌道に入る。地表に近い低い軌道は、周期が短く速度も速い。
 だから、先行する宇宙機に追いつきたいならば、逆噴射を行ってちょっと減速しなくてはならない。減速すると軌道高度が下がって速度が上がり、前の宇宙機に追いつくことができる。
 地球を回る軌道は、加速すると自動的に上り坂に入って、速度が落ちてしまう奇妙な道というわけだ。逆に減速すると自動的に下り坂に入るわけである。
 その結果、「追いつくためにはアクセルを踏まずにブレーキをかけろ」というのが、“宇宙の常識”となるわけである。

ランデブーの原理図((C)JAXA)。チェイサーが減速すると軌道高度が下がって速度が上がり、前方を行くターゲットに追いつく
ランデブーの原理図((C)JAXA)。チェイサーが減速すると軌道高度が下がって速度が上がり、前方を行くターゲットに追いつく
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ランデブー時の軌道を、ターゲットを固定した座標で描くと、こんな面白い図形になる((C)JAXA)。この図は日本のランデブー・ドッキング実験衛星「きく7号」(1997年打ち上げ)が、軌道上で行った実験の概要。一体で打ち上げられたターゲットとチェイサーは、まず分離してチェイサーが加速する。するとチェイサーの高度は上がり、速度が下がる。結果としてチェイサーは後ろに下がる。地球1周につき、チェイサーの軌道は一回くるりと円を描く。地球を2周したところで、チェイサーは減速。するとチェイサーの高度が下がって速度があがり、今度はターゲットの下側から近づいていく。いったんターゲットの前に出てから、今度は小刻みに加速噴射を行ってゆっくりと後退し、最後にターゲットとドッキングする
ランデブー時の軌道を、ターゲットを固定した座標で描くと、こんな面白い図形になる((C)JAXA)。この図は日本のランデブー・ドッキング実験衛星「きく7号」(1997年打ち上げ)が、軌道上で行った実験の概要。一体で打ち上げられたターゲットとチェイサーは、まず分離してチェイサーが加速する。するとチェイサーの高度は上がり、速度が下がる。結果としてチェイサーは後ろに下がる。地球1周につき、チェイサーの軌道は一回くるりと円を描く。地球を2周したところで、チェイサーは減速。するとチェイサーの高度が下がって速度があがり、今度はターゲットの下側から近づいていく。いったんターゲットの前に出てから、今度は小刻みに加速噴射を行ってゆっくりと後退し、最後にターゲットとドッキングする
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