『青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備に関する法律』が6月に成立したことは以前もお話ししましたが、この法律は1年以内に公布されることになっています。そこで10月20日、内閣府特命担当大臣の決定による、第1回目の「青少年インターネット環境の整備等に関する検討会」が、開催されました。

 ようやく法律公布に向けての動きが始まったところですが、検討会出席者全員がうなずいた携帯電話に関する話題を一つ、ここでご紹介させていただきます。

子どもにケータイを買い与えたのは保護者。
「何とかしてほしい」と言っているのも保護者。
そして、保護者が「何とかして!」と訴える先は学校

 安全のため、大人の利便性のため、子どもの要求を満たすため、etc...どんな理由があるにせよ、携帯電話を買うという判断をしたのは保護者であり、携帯会社への申込書(契約書)の保護者欄に“保護責任は私にあります”という意味でサインもしたはずなのに、その指導からルール作りまで学校にお任せしたいと願う‥‥冷静に考えれば「ちょっと違うかな?」と気付きます。

 確かに、コミュニケーション相手が一堂に会す学校は、“みんなで共有したいこと”を学ぶ場として最高です。前回(「携帯電話の学校持ち込み」を今一度考えてみませんか?)お話ししたような『携帯電話は学校内では必要のないもの』であることの説明と約束、人を傷つける言動への注意喚起を含むコミュニケーション学習や話し合い、メールやネット上の情報をきちんと読み解く力を付ける読解力向上のための授業、などは集団でやってこそ成果が出るもの、学校が中核となって指導をしていかなければならない部分だとは思います。

 でも、「人の悪口を言わない、人を傷つけない」「人に迷惑をかけない」「相手を思いやる気持ちをもつ」「約束したことはやぶらない」「決まりやルールをきちんと守る」「ウソをつかない」「自分以外の人の物やお金を勝手に使わない」「気をつけながら行動する」「命を大切にする(そまつにしない)」etc…といった、ネット利用にも通じる“個々人が人として学んでおくべき最低限のこと”は、しつけとして家庭で教えるものではないでしょうか。

 子どもたちが、それらを素直に受け入れてくれる臨界期は、インターネットや携帯電話を一人で使うようになるよりもっと早い時期のはず。そのタイミングさえ逸しなければ、インターネットを利用したり、携帯電話を与えたりするよりも前に身につけられる基礎的な感覚ではないかと思います。その感覚があれば、ネットに触れる際に保護者がやることは、「ネットの中だからって特別じゃない、心がけることはいっしょ」と伝えたり話したりするだけでいいのです。

 要するに、必要かどうかではなく、ましてや欲しがるからでも便利だからでもなく、「私は、大人と同じ道具を使ってもいいと言えるだけのことを教えてあげられたかしら?この子にそれが身に付いているかしら?」と自問自答して、携帯電話を持たせるかどうかを決断すれば、買い与えてから「何とかして!」は減るはず。家庭で購入するプライベートツールなのですから、とにもかくにも、保護者の子育ての力が必要なのです。