楽譜の青空文庫ことIMSLPは、再開後も順調に活動を続けているようだ。約1カ月前、当欄で「1万7千点以上の楽譜を掲載」と書いたが、本日訪れてみると約2万点というところまで、掲載点数が増えている。

 このIMSLPのサイト内にあるPublic Domain のページは、ヨーロッパ各国や北米のそれぞれに国における楽譜の著作権の扱いについて詳しく説明されており、大変ためになる。それぞれに複雑なルールがあるが、原則として、EU諸国やロシアなど多くの国が作曲者の死後70年、アメリカでは死後70年に加えて楽譜の出版から95年という長い保護期間が設けられているということもわかる。IMSLPの本拠地カナダや、日本、韓国のような死後50年間という保護期間はすでに少数派になっている(だから「日本も各国並に長くしよう」という声もあれば、だからこそ「日本はすばらしい」という考え方もある。その是非はまた別の話だ)。

 このPublic Domain のページには、近く著作権が切れてパブリック・ドメインとなる作曲家の一覧がある。life-plus-70(死後70年)の欄にはラヴェルやシマノフスキらの名が挙がっている。そして life-plus-50 (Canada, China, Japan, S. Korea, etc.) の欄にはシベリウス(2008年)やヴォーン・ウィリアムズ(2009年)ら、多くの作曲家の名が記されている。

 が、ここでは日本に課せられた「戦時加算」が考慮されていない。さすがにIMSLPもそこまで日本の事情を調べてくれているわけではない。

 戦時加算とは、日本が第二次世界大戦中に連合国側の著作権を保護しなかったペナルティといった意味で課せられているもので、約10年の保護期間が日本側に加算される。つまりアメリカやイギリス、フランスなど多くの国の楽譜については、作曲者の死後50年ではなく約60年ほど待たなければ、日本国内ではパブリック・ドメインにならない。「日本の保護期間は死後50年だから他国よりも短い」とはいえ、この戦時加算のおかげで欧米の多くの国に対しては実質「死後約60年」ということになる。

 約10年の加算と書いたが、厳密にはこの戦時加算の期間は国別に細かく日数が決められている。末尾に記した文部科学省のサイトの公表資料から引用すると、「アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、オーストラリア(3,794日)、ブラジル(3,816日)、オランダ(3,844日)、ノルウェー(3,846日)、ベルギー(3,910日)、南アフリカ(3,929日)、ギリシャ(4,180日)等」となっている。これもまた非常に煩雑であり油断ができない。

 そういった次第なので、IMSLPに来年ヴォーン・ウィリアムズの著作権がカナダや日本で切れると書かれていても、鵜呑みにしてはいけない。ヴォーン・ウィリアムズはイギリスの作曲家だから、さらに3,794日の戦時加算が付く。一方、シベリウスはフィンランドの作曲家なので、戦時加算なしに今年からパブリックドメインになったはずである。もちろんこれは日本やカナダなど「死後50年」の国においてという話で、ヨーロッパではまだまだシベリウスの権利は生きているし、アメリカでは曲ごとにその出版年により生きている作品も消滅した作品もある。

 紙の楽譜には出版流通という形で国境があったので、国内の著作権法に従っていればよかったが、ひとたびネット上でデータとして取り扱うとなると、もともと言語の障壁もほとんどないに等しい楽譜だけに、今回のIMSLPのように他国のルールにも配慮せざるを得なくなるのだろう。それにしてもこんなに複雑なルールを今後もずっと気にしていかなければならないんでしょうか……。
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  • IMSLP / Petrucci Music Library
  • Public Domain - IMSLP
  • 文部科学省 著作権分科会配布資料「著作権の保護期間に関する戦時加算について」