「IMSLP」、すなわちInternational Music Score Library Projectが帰ってきた。「IMSLP、何それ?」という方には一言こう説明すればいいだろうか。楽譜の「青空文庫」のようなものである。文学作品と同様、音楽作品も時が経てば著作権が消滅し、パブリック・ドメインすなわち公共の財産となる。バッハもベートーヴェンもモーツァルトもとっくに著作権は切れている。ならば、そういった著作権の切れた作品の楽譜を1個所に集めて、みんなで共有できるようにしたら素晴らしいじゃないか。

 そこで2006年の2月にスタートしたのがIMSLPである。立ち上げたのは、ニューイングランド音楽院で作曲を学んでいた1987年生まれのFeldmahler氏。Wikiの仕組みを活用したIMSLPには、スキャンした楽譜が数多く寄せられ、掲載される楽譜の点数はどんどんと増えていった。もちろん、ここには営利性はない。「みんなが便利に使えるものは、みんなの力で作ろう」という、きわめてインターネット的な動機が原動力となって育てられたサイトである。

 ところが、IMSLPの運命はある日突如として暗転する。2007年10月、Feldmahler氏の短いメッセージが残されて、サイトは閉鎖されてしまったのだ。

 ウィーンの大手楽譜出版社 Universal Edition が弁護士を通してFeldmahler氏に警告文を送ってきたのである。われわれの権利を侵害し続けるのであれば、法的な措置も辞さない、というものだ。ええっ? 著作権の切れた楽譜を掲載しているのに、なぜそんな問題が起きるの?

 これに関しては、Universal Editionの弁護士の手紙がそのままスキャンされてIMSLPフォーラムに公開されているので、だれもが読むことができる。問題となっているのはベートーヴェンやモーツァルトの権利ではなく、たとえばバルトークやR・シュトラウスのようなもっと新しい時代の作曲家の楽譜である。

 Universal Editionの言い分は大まかにいえばこういうことだ。IMSLPのサーバーはカナダに設置されており、カナダでは作曲者の著作権は死後50年間にわたって保護される。しかしながら、ヨーロッパでは著作権は少なくとも死後70年保護される。したがって、まだヨーロッパで著作権が切れていないものを公開するのは権利の侵害であり、またIPアドレスのフィルタリングによってユーザーの国別に公開範囲を制御することもできるはずだがされてない。したがってヨーロッパでの権利が生きているわが社の楽譜はこれより2週間以内に削除するべし。

 これに対してFeldmahler氏は、一介の学生である自分はこの種の問題と向き合うためのエネルギーもお金も持ち合わせておらず苦痛であるので、サイト自体を閉鎖することにした、これまで2年間IMSLPに貢献してくれたみなさんには本当に申しわけない、といった要旨のコメントを残して、いったんはIMSLPを閉じてしまう。

 このFeldmahler氏の気持ちはよく分かる。彼のメッセージを目にしたときは、切ない気分になってしまった。誤解がないように言っておくと、Universal Editionの主張の骨子自体はまちがってはいないはずだ(コミュニケーションの方法が適切だったかどうかは別として)。彼らはパブリック・ドメインの楽譜の掲載を否定しているわけではない。