ボナセーラ! 

 前回の103回に引き続き、この原稿は「旅する支社イタリア」にて書いています。と言っても、この原稿が公開される6月17日はちょうど日本に帰国する飛行機の中ですが・・・

 そんなイタリアの地で、少し過去を振り返ってみました。

 今回は、僕の高校時代の話を書きます。

 僕の通っていた高校は、慶應義塾高等学校、すなわち慶應義塾大学の付属高校でした。この学校は、1クラスの生徒数は50人弱、そして18クラスもあるというマンモス高。授業の間の休み時間にちょっと離れた教室の友人に会いに行っていると、次の授業に遅刻してしまうというほどでした。

 確実に日吉駅(最寄の駅)に一番近い場所のクラス(教室)の生徒と、一番遠いクラス(教室)の生徒では、始業時間は同時刻にも関わらず不公平感があった、と言っても過言ではありません。

 そして、これだけ人数が多いと、当然面識のない同級生はたくさんいます。卒業してから社会人になって知り合った人が、よくよく聞いたら同級生だったなんてことは何度もありました。

 この18クラス×50人、すなわち900人の内訳をみると、高校から受験して入った人が半分、小学校中学校から慶應の付属からあがってきた人が半分で構成されています。

 前者の高校受験組を外部生、中から進学してきた人を内部生とする呼び名があるのがよくないのか、外部生は外部生同士、内部生は内部生同士でつるむ傾向があったように思います。ちなみに僕はというとどちらとも仲良くやっていけるタイプでした。

 この内部と外部という呼び方は、大学に入ってからも聞かれ、ここでは高校からの進学組と大学受験組という括りに変わります。個人的には、その仲間意識が排他的な印象を与えるとしたらあまりいい文化ではないなとは思っていました。が、社会に出るとこの仲間意識から恩恵を受けることも多々ありました。

 例えば、カヤックという会社をつくって、まだ何の実績もない僕らを、慶應の後輩だからという理由だけでかわいがってくれる諸先輩方がいました。仕事の取引先との会食で、本来こちらが払うべきところを、慶應の先輩だからということだけでおごってもらえる図式。こういった経験は社会に出れば出るほど増えました。そういった無条件の愛情を受けると当然僕らも、同じように後輩に対して愛を分け与えたくなるのであり、この点は慶應の特徴的な文化ではないかと思っています。

 そして話を戻して、900人の性別について。それは言うまでもなく、もちろん100%男子。だって、男子校ですから。ほんと、男子校を僕は最高だったと思っています。ただめんどくさいからという理由だけで、体育の柔道着を教室のロッカーに入れっぱなしで、1年間洗わずに使い続ける男。すごいスメルを発しているのだけど、でもその彼1人じゃないから、気にならないという特異な環境。廊下をみると平気でフルチンで歩いている男。なぜか男子だけなのに意地になって盛り上がる体育祭。高校3年間という青春時代を、男子一色で過ごせたからこそ、僕はきっと真っ当に過ごせたのだと思っています。

 でも、男子ばかりだからでしょうか、900人もいるからでしょうか、体育の時間に教室の鍵を閉めないと他のクラスの悪(ワル)に、貴重品を盗まれるから、教室を全員出る時は、鍵係りが必要という、学校なのかスラム街なのか、というノリには、びっくりしましたが・・・(ちなみに僕も学校で財布を1回盗まれています)。

 でもそういったいい面も悪い面も含めて、多くの社会性を学びました。