あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 さて、この連載も最近はちょっとぼちぼちペースにまで落ちてきてしまっているわけですが(正月早々ぶっちゃけてすいません(笑))、そんな現状を打破すべく昨年末カレーを食べながら作戦会議しました。そこでいろいろ話をするうちに気づいたのは、いつの間にか「この連載はこういう読者層で、こういうアプローチで行くべき」という「思い込み」ができあがっていた、ということです。

 もちろん、当初からどんな人に読まれるのかについてはいろいろと考えていましたが、根拠が非常に薄いところから「おそらく、こういう人に読まれるであろう」とかそういう擬似的な結論に落ち着き、それを既成事実として思考停止していた…むずかしく言えばそういうことになりますが、要するに思い込んでいたというわけです。
 しかし、その「思い込み」を取り払ってみると、「まだ書けることあるかなあ」という気がしてきました。そうなったところでいくつか企画案を出して旨いカレーに舌鼓を打ってきたわけです。
 でも今回はそこで生まれた企画…ではなく、まさにその「思い込み」に関する話をしてみようと思います(笑)。

 たとえば、ネットの世界は「匿名」である、という「思い込み」があります。その最たる例が某匿名掲示板でしょうか。しかし、かの掲示板で「匿名である」ということは、利用者側が自分に都合良く考える「匿名」とはちょっと違う気がします。
 どう違うのかというと、掲示板のヘビーユーザーにとっては、「匿名」=「実名特定までのハードルの多さ」という認識なのに対し、普通の利用者(どういう人が普通なのか、という話もありますが(笑))にとっては「匿名」=「金輪際身元がバレないというのに近い」ということなのではないでしょうか。ごく大ざっぱに言えば二つの認識には大きな違いは無い、とも言えますが、行動に臨む態度には違いが出てきているようですね。まあ、「何をやってもばれない」と思うのと、「もしかしたら突き止められてしまうかもしれない」と考えて行動するのでは、違いが出てくるのは当然と言えば当然です。