忙しく仕事に追われている日々だが、たまにはビジネス書やはやりの小説の類ではなく、教科書に載っているような文学作品に親しむ精神的な余裕を持ちたいものだ。ただ読むだけでなく、ワープロソフトなどを使って、オリジナル作品通りにその文章を入力してみる*1と、先人たちの表現の豊かさや日本語の美しさに気付く。これには驚かされるばかりだ。

 しかし、明治から戦前の文学作品を入力しようとすると、入力できない漢字に遭遇するケースが少なくない。そんな場合により多くの漢字を使うにはどうすればよいか、というのが今回のテーマだ。

難しい漢字を表示する

 今回、筆者が入力しようとしたのは、中島敦*2の『山月記』だ。高校の国語教科書で習った覚えがある向きもあるだろう。漢文調の格調高い文体が特徴なので、ざっと斜め読みするだけではなかなか頭に入ってこないが、パソコンに向かって1字ずつオリジナルに従って忠実に入力してみると、難しい漢語の意味は分からないまでも、その雰囲気は十分に伝わってくる。

 『山月記』は「隴西の李徴は博學才穎、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた」という一文で始まる。「李徴」がこのお話の主人公で、「隴西の李徴は大変優れた才能を持っていて、天寶の末年には若くして及第して官職についたが、狷介で自負心が高く、卑しい役人でいることに満足できなかった」といった意味だ。

 問題はこの後に続く一文だ。「いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた」とある。「間もなく官職を退いて、ふるさとの虢略に戻って、人との交流も絶ってひたすら詩作りに励んだ」といった意味だが、この地名の漢字「虢」を「カク」という読みでかな漢字変換して入力しようとしても、候補に現れない*3。この漢字を入力するには、MS-IMEの「手書き」機能を呼び出して、その字形を入力欄にマウスで書いて、右側に現れた候補の一覧から選択する(図1)。

図1 中島敦の名作『山月記』を発表当時の書体のままテキスト入力しようとすると、JIS漢字では入力できない漢字が頻出する(左)が、この「虢」はMS-IMEの「手書き」機能を使うと入力できる(下)

*1 文章を入力してみる
パソコンで楽しむだけであれば、本を見ながら自分で手入力する代わりに、電子図書館をうたう「青空文庫」を利用する手もある。著作権法による保護期間が終了した文学作品を中心に、テキスト形式とXHTML形式でダウンロードできる。

*2 中島敦
中島敦(1909~1942)は、中国史を舞台にした『山月記』や『李陵』などで著名な小説家。『山月記』は清朝の説話集『唐人説薈』中の「人虎伝」を元に、詩作への執着ゆえに虎に変身してしまった己を省み、それでもなお執着を捨て切れない悲哀を友に述懐する様子を描く。

*3 候補に現れない
「虢」が変換候補に現れないのは、通常の変換モードの場合。言語バーの「変換モード」ボタンをクリックして「地名/人名」に変更すると、「虢」も候補に現れるようになる。あるいは、プロパティを呼び出して「単漢字辞書」をいつも使う設定に変えても変換可能になる。