前回に引き続き、「先端技術と研究開発のリサーチデザイン」の可能性について総括してみたい。

2004年度にインタラクションデザイン賞を受賞した日立製作所の「ミューチップ」にも、研究開発とデザイン開発を連携させようという、優れた新領域性が込められていた。

このプロダクトは、わずか0.4ミリ角のなかに、アンテナまでを内蔵させた世界最小クラスのICチップである。この技術の素晴らしさは、すでに日経優秀製品報賞などで証明されているが、この新しい技術標準には、情報リーダーなどの様々な機器開発、トレーサビリティをはじめとする新しい用途開発を確実に触発する、インタラクティブな可能性が無尽蔵にたたえられていた。

しかし、生活者が欲しいのは、画期的なデバイスそのものではなく、安心、安全、愛着のあるユーザビリティの提案である。そのために同社は、その用途開発にデザインプロセスを持ち込み、物流の合理化や「愛・地球博」の入場券、食品や医療関連情報の認証にこう使える、というデザイン提案を、技術提案に先立って行ってきた。こうした開発姿勢は、ともすれば技術先行になりがちな同社以外のメーカーにも見習って欲しいと思う。

エンジニアのみが行う技術開発は一般に、当初の想定与件に支配された合目的的なものになりがちで、その段階で新たなアプリケーションの可能性を見失ってしまうことも少なくない。また、マーケットに近いデザイナーを参画させることは、新領域の用途開発や特許マネジメントの面でも数多くのメリットを企業にもたらすはずである。「発明が必要の母」となりがちなプロダクトアウトの世界に警鐘を鳴らす、画期的なデザインの実践として記憶しておくべきである。

こうした特別賞受賞作品以外にも、近年のグッドデザイン賞は、ものづくりやITの未来を予感させる優れた案件が顕彰されてきた。

すでにこの連載で紹介した、山中俊治さんデザインのNTTドコモの「OnQプロジェクト」は、モバイル開発の企画段階からデザインを導入し、キット化されたワーキングプロトタイプでインナー、ユーザーの「経験」をプロダクトに反映するという、画期的なデザインプロセス提案である。機能やデザイン変更を共有するためのツールに留まらず、こうしたワーキングツールをユーザーに開放すれば、マーケットインなものづくりを確実に進化させていくはずである。

その他、ユニークな受賞作品としては、万人不動の静脈を判読する富士通の「手のひら認証システム」、指に装着し、触覚感覚を増幅する名古屋工業大学とトヨタ自動車が開発した「触覚コンタクトレンズ」などがある。

これまで、グッドデザイン賞における、やさしいITの潮流を見てきたが、その所轄官庁である経済産業省にも、新しい動きが見え始めた。

一昨年、産業24分野に渡る今後25年間の技術開発シナリオ「技術戦略マップ」を発表した経済産業省が今年、革新技術を人間生活に展開する「人間生活技術戦略」を新分野として追加したのである。

これまでの新技術、新素材開発は、ともすれば新産業創出や海外競争力強化を目的に行われてきたが、健康で楽しく、五感で納得できる暮らしの実現のために、研究課題の整理と200を超える人間生活技術を選定した試みは、画期的である。人間の生理、行動、感性、認知、判断などを高度化、支援する研究開発の奨励は、新技術、新素材をより身近なものに感じさせる大きな契機となるだろう。

これからのグッドデザインはますます、研究開発や技術開発に参画するデザインプロセスの質そのものが、確実に問われる時代となるだろう。「ためにするデザイン」から「ともにするデザインへ」。やさしいITの裾野はますます拡がりはじめようとしているのである。