これまで連載のスペシャル企画として、日本のグッドデザイン賞受賞作品をモチーフに、やさしいITの可能性を鳥瞰してきた。そのシリーズの最後は、「先端技術と研究開発のリサーチデザイン」について考えてみたいと思う。

筆者は、日本産業デザイン振興会が主催するグッドデザイン賞において、本名度から審査副委員長を務めている。そして昨年までは、新領域ユニットの審査部門長としてGマークに関わってきた。実は、これまでご紹介してきたプロダクトの多くが、この新領域ユニットからの案件なのである。新領域部門のテーマ。それを直言すれば、まさに「先端技術と研究開発のリサーチデザイン」なのである。

2004年度、この新領域デザインを象徴する、3つのグッドデザイン賞特別賞が選ばれた。金賞を受賞したサントリーの「青いバラ・カーネーション」、インタラクションデザイン賞、及びグランプリ候補になった日立製作所の「ミューチップ」、そしてエコロジーデザイン賞に輝いた積水化学工業の「自然に学ぶものづくり研究助成プログラム」がそれである。

遺伝子改変によって生み出された花卉、ICチップというデバイス技術、そして研究者を助成する社会貢献事業が産業デザインの観点から評価された事実。そこには、「もの」ではなく、「こと」という状況のデザイン、ものの開発に先立つ研究開発やビジネスモデルのデザインを報賞、顕彰したいという新領域ユニットのコンセプトが如実に象徴される結果となった。

まず、サイエンスと生物の世界に、デザインプロセスを持ち込んだ画期的な商品開発、サントリーの「青いバラ・カーネーション」については、審査委員会のなかでも当初、生物倫理の観点からそのデザインの是非が議論された。しかし、遺伝子改変関連の研究には、これまで膨大な国費が注ぎ込まれてきたという経緯がある。その現実的、戦略的なマーケットとして、花卉にフォーカスした同社の開発姿勢は、研究知見のアプリケーションデザインとして、まず高く評価できる。

青い花の色素であるデルフィニジンは、実は健康食品として商品化されているポリフェノール化合物の一種。こうした同社の遺伝子組み換え技術、カルス栽培技術、化合物創製技術、成分分析技術の総合的デザインマネジメントが生み出した成果なのである。

さらに、一つの物質だけを作らせる医薬品開発とは異なり、色素を作る酵素遺伝子の単なる花卉への導入だけでは、チャーミングな青は発現しない。植物の由来や細胞内環境を変えるなどの工夫、色素代謝系の遺伝子群を解析した上で、いるものといらないものを峻別する気が遠くなるような作業。そして、顕微鏡下でそうした色素発色を見極めるデザインプロセスがあって初めて、不可能とされていた青いバラが誕生したのである。

「いやいや、青色が薄すぎて、デザイン的には美しくない」「リンドウやツユクサの青の方がきれいや」。こうした反論も一部委員のなかでは聞かれたが、ポイントは青色色素100%の花を世界で初めて形にしたこと。ベーシックができれば、その他の色素系をかけ合わせて、例えばスカイブルーのバラだって作れてしまうのだ。この辺りで私たちデザイナーのさらなる参画もあり得る、新領域の産業デザインなのである。

いずれにしても、第一次産業系からのGマーク金賞は、本提案が初めてのものであり、今後の新領域デザインを占う意味でも、その受賞は特筆されて良い。デザインは今後、「技術のアプリケーション」から「科学そのもののアプリケーション」開発へ、そして「生物を見る、知る、創るデザインマネジメント」へと、その裾野を確実に拡げようとしているのである。