前回までご紹介してきた埼玉県川口市は鋳物の町、今村昌平監督、吉永小百合主演の名作「キューポラのある街」の舞台としても有名です。実は、この町にキューポラという名前の小さなチケットが流通しています。市民が清掃活動や環境問題に関する勉強会などに参加するともらえる環境通貨、いわゆる地域通貨の一種です。特定のイベント、花・野菜の種との交換、募金という用途でキューポラは使用できます。

 コミュニティーをとりまく新しい動きの中でも活発なものの1つがこの「地域通貨」ではないでしょうか。

 地域通貨がもっている特性は、ICTが社会に与えている影響を如実に表しているものだと思います。

●地域通貨と法定通貨の比較

 工業社会は言い換えれば、大量生産・大量消費の社会です。量を追求することで効率を上げ、1つ1つのモノを入手するコストを下げていくことをよしとする発想が根底にあります。価値のやりとりを支える通貨の仕組みも共通化していた方が効率的でした。その仕組みを支えている仕組みの1つが法定通貨です。

 通貨を限られた数に限定することで、大量に発生する価値のやりとりをシンプルにし、規模の経済を実現したということですね。ただし、その結果、効率化を果たした製品を「売る」主体である企業から、社会の中にある「価値」、つまりおカネの大部分は生み出されるような形となっています。これは当たり前のように思えるでしょう。でも、本当にそうでしょうか。

 例えば、ちょっと足が不自由で外出するのが難しいけれど、裁縫はとてもうまい人がいるとします。その人に裁縫を頼む代わりに買い物をしてあげる。ここにははっきりとした経済行為があります。さらに、できあがってきた縫い物が思ったよりもずっといいものだったので、買い物をもう1回行ってあげることにしたということも考えてみると、良質な「縫い物」によって、新しい価値が「買い物もう1回分」として生み出されているわけです。でも、お金を介在させてサービスを提供しあうとなると、こういうやりとりはなかなかスムーズにはいかない面も多々あります。

 そこで出てくるのが地域通貨です。地域通貨はいうなれば、物々交換の置き換え的なものです。1人1人が何らかの価値を生み出していることを明示的にして、コミュニティーの中でその価値を交換しあおうという取り組みなのです。その意味では、日本全国でくまなく使える必要はなく、人々の生活圏の中で通用すれば十分その役割は果たせます。存在が小さすぎて無視されてしまっていた人々の活動を草の根から光を当てていこうとする取り組みとも言えるでしょう。

 今まではこういった価値の総量の情報を管理するには、大規模な設備が必要でした。しかし、これだけ情報機器が安価になり、かつ、携帯電話も含め、多くの人々のもとに情報機器が行き渡っている現状を考えれば、地域通貨のようなもう一つのおカネの世界を支えるシステムも、地域の人々の手によって草の根的に作ることも可能ではないでしょうか。