JR東日本の改札口では,ICカードの「Suica」を使う人が増えている。定期券やプリペイド(イオカード)の代わりに使えるものだ。金額が足りなくなれば,駅の入金機で追加できる。これは立派な電子マネーだ。電子マネーはいろいろな取り組みが行われてきたが,広く使われるようになったのは日本ではこのSuicaが最初だ。

 米国での電子マネーの状況はどうだろう。1997年~1998年にニューヨークで大々的な試験運用が行われたり,当時は米Gartnerの「注目技術トップ10」にも挙げられた(発表資料)ほど,何かと話題を呼んでいた電子マネーなのだが,今ではいかんせん,そのときの勢いも,期待感もなくなってしまった感がある。

 ところがSuicaのように持ち歩くことは出来ないが,ネットワーク上で使える一種の電子マネーの利用者が米国では急増している。“オンライン決済サービス”の仕組みがそれ。インターネットのショッピングやオークションの手軽な決済手段として注目されているのである。

 なかでも今,急成長しており何かと話題を呼んでいるのが,米PayPalのサービス「PayPal」である(関連記事)。同社の口座数は今や150万にのぼり,米eBay社のオークション取り引きの大半で利用されていると言われている。しかし,急成長の一方で,訴訟騒ぎが起きている。今回はこのPayPal社を中心に,欧米のオンライン決済サービス事情について考えてみたい。

■オンライン決済サービスは小額決済に最適

 「中古で十分だし,いくらかでも安い方がいいので,オンライン・オークションを利用する」という人は多い。筆者もその口である。オークションを利用して品物を購入する際の支払い方法は,銀行や郵便局での振込というのが一般的である。最近はネット・バンクも普及しているので,落札後すぐにパソコン上で送金できて便利である。しかし数千円といった安価な品物では,その振込手数料が割高となる。頻繁に利用する人にとっては,上述の“少しでも安いオークション”を利用する意味がなくなってしまうことになる。

 そこで,登場するのがPayPal社のようなオンライン決済サービスである。PayPalの特徴は「個人の場合,手数料は無料」「相手が加入者でなくても支払手続きが可能」「瞬時に送金」「銀行口座を知らせることなくお金を受け取れる」である。その利用手順を簡単に見てみよう。

■受取人が口座を開いていなくても送金できる

 まず支払う側は,あらかじめPayPalで口座を開設しておく。口座開設費用は無料である。送金する際は,同社サイトの送金画面で金額と,相手先の情報(電子メール・アドレスだけでもかまわない),そして自分のクレジットカード情報を入力する。あとは送金内容を確認後,“送金”を実行するだけ。これで相手先のPayPal口座に送金される。

 すると相手先には直ちにその旨を伝える電子メールが届く。PayPalは,相手先が口座を持っていなくても送金できるところに特徴があるのだが,その場合,相手先は届いた電子メールに記してある同社のURLにアクセスして,口座を開設することになる。相手が口座を開設し次第,その口座に入金されるというしくみだ。もちろんこちらの口座開設費用も無料となる。

 お金をPayPal口座から引き出すときは,次の方法が選べる。(1)PayPal社に対して自分の銀行口座へ振込を依頼する。(2)PayPal社の小切手を発行してもらい,それを郵送してもらう。(3)PayPal社が信販会社と共同ブランドで発行しているカードを使ってATM(現金預払機)から引き出す。

 ここで気になるのがその手数料だが,個人口座の場合は,送金,送金受け付け,米国内の自分の銀行への振り込み依頼がすべて無料となる。法人口座の場合もこれとほぼ同じだが,送金受け付けに一定の手数料がかかる。これがPayPal社の収入になるのである。

■「お金は貯めて別の決済に」,オークション以外の用途も狙う

 口座にあるお金は,すぐに必要なければ引き出さなくてもよい。貯めておいて,他の支払いに充てることができるのである。このことから「PayPalがオークション決済だけでなく,さまざまな場面で利用できる」と同社では説明している。例えば,「職場での積立金」「チャリティー基金の開設」「ルームメイトとの家賃の精算」「友人同士の食事代割り勘の精算」「子供からのお金の無心への対応」といった用途が考えられるという。

 また同社は3月20日にPayPalサービスをWebサイトに導入するためのツールキットの提供を始めるなど,小規模企業を中心にした,電子決済環境の導入支援に積極的である。ショッピング・カード/定期購読といった用途での同社サービスの利用増大を図っており,その事業範囲をオークション以外にも広げようとしているのである。

■PayPalは無免許な“銀行”か?

 同社のサービスをこうして見てみると,送金者と受取人,そしてPayPal社も含む三者にとって理想的な決済システムに思えるのだが,そこには問題がないわけではない。PayPal社が2つの問題に現在直面している。

 上述の通り,PayPalはユーザーの口座を設けており,支払いあるいは引き出されるまでの間,ユーザーのお金を預かっていることになる。この行為は銀行法の預金業務にあたるのではないか,という指摘がある。同社は現在,銀行法に抵触する違法行為の恐れがあるとしてニューヨーク州,カリフォルニア州などの州当局から調査を受けている。これがPayPal社が現在直面している問題の1つ目である。

 米国では,送金サービス業務は銀行免許がなくても行える。その場合の認可は各州政府が独立して行うことになるのだが,それぞれが課している義務には以下のようなものがある。(1)州政府に対する正式な届け出,(2)取引額に応じた名目的料金の支払い,(3)保証証券(surety bond)と呼ばれる債務保証への加入,(4)準備金の用意。

 PayPal社の業務がもし送金サービス業務を越えて銀行業と見なされた場合,PayPal社にはこれを上回る規制が課せられることになる。例えば,多額の準備金,これまで以上に詳細な取り引き記録業務,セキュリティや顧客プライバシ,顧客との紛争に関する各種の規制,といった具合である。もしこれらが同社に課せられた場合,当然ながら運営コストが増えることになる。

 これでは現在の料金体系を維持できないことにつながり,その場合オンライン決済サービスが安価なものでなくなるのではないかと言われているのである。またこれが,PayPal利用の中心となっている米eBayのオークション事業にも多大な影響を及ぼすことになる,と指摘するアナリストもいる。

 なお,PayPal社の業務については,連邦預金保険公社(FDIC,日本の預金保険機構にあたる機関)が先ごろ「連邦法で定義するところの預金にあたらない」とした見解を示している。PayPal社ではこれを引用して「PayPalは銀行業務ではない」と主張している。

 ちなみにオンライン決済サービスの大手には,PayPal社のほかにeBay社傘下の米Billpointがある。このBillpoint社とPayPal社とはともに,一部の州で未だ送金サービスの正式な事業免許を取得しておらず,そのことも問題視されている。

 PayPal社の場合は今年2月にルイジアナ州から,正規の事業免許を取得するまでサービスを中断するよう勧告を受けたという経緯がある(ルイジアナ州はその後この勧告を取り下げ,PayPal社は3月に同州から正式な事業免許を取得している)。一方のBillpoint社の業務については,現在4つの州が調査を行っているところである。

■口座にアクセスできなかったユーザーがPayPalを訴える

 PayPal社のサービスを巡っては,同社のユーザーが2件の集団訴訟を起こしている。これがPayPal社が直面する2つ目の問題となっている。1件目の訴訟は今年2月に,2件目は今年3月に起こされており,いずれも「顧客が自分の口座に数カ月間アクセスできなかった」というのがその訴状理由である。これは“銀行法において禁止されている行為”にあたるのだという。

 PayPal社が,銀行業務を行っているか否かという問題はまだ決着していないので,今現在の段階でこれを銀行法に照らし合わすことは難しいと考えられている。しかしたとえそれが銀行法による“預金”でないとしても,同社が膨大な数の顧客のお金を預かっていることに違いはなく,サービスの中断による社会的影響は決して小さくない。またこれと少し異なるが,過去には次のような例もある。

 インターネット上での仮想的な通貨「beenz」で小額決済サービスを行っていた米Beenz.comが2001年8月にその業務を停止し,その後顧客の口座に残っているbeenzを無効にし,事業を閉鎖している(発表資料)。同様にオンライン電子マネー会社の米Flooz.comも昨年8月に業務を停止し,その後,連邦破産法第7条による保護を申請している(米Googleのキャッシュ保存されている関連資料)。

 電子マネー会社のトラブルや業務停止は今後も後を絶たないだろう。こうしたなか各国政府は,消費者保護に向けた法整備を着々と進めている。

 例えば英国では,今年4月に電子マネー会社に適用する新たな規制を導入している。これは,携帯電話サービス事業者やISP(Internet Service Provider)といった金融機関以外の企業が電子マネー市場に新規参入することを想定して作られた規制である。

 この規制では,貸し付け/信用貸し行為を禁じている。また(顧客に対する)いかなる形の利子の支払も禁じている。このほか最低レベルの流動資産の確保,発行した電子マネー全額に対する換金能力をも義務づけている。

 こうした法律が整備されることによって,安全にオンライン決済サービスが使えるようになるだろう。そうすれば筆者も安心してネット・オークションに精を出せるのである。

◎関連記事
<欧米>
米VisaがB2B向け“次世代”決済サービスを発表
電子決済サービスの米ペイパル,「Dreamweaver」と統合したツールキットを無償提供
夢よもう一度? 株式公開市場に復活の兆し(PayPal社)
米ファーストデータ,カード会社向けの明細発行/決済サービスを発表
米IBMと米eONE社が電子決済ソリューションで提携
「オークション・サイトで普及する送金サービス,常連ユーザーほど利用頻度が高い」と米調査
「米国民の60%は個人情報を悪用した詐欺に無防備」--- 米企業が調査
「ケータイ向けの電子決済の方法は統一すべきだ」,ビザの副社長が提言
米Yahoo!が「Yahoo! Finance」ユーザー向けの無料オンライン送金サービス
消費者は,使い捨てクレジットカード番号でのオンライン・ショッピングに安心感
ノキア,ビザなど3社,ヘルシンキでmコマース向け決済システムの実証試験
米ビザがクレジット・カードの電子決済システムをmコマース対応に
消費者向け電子商取引が加速?ビザ・インターが電子決済の新方式を開発
IntuitとX.comが提携,決済サービスをIntuitユーザーに提供

<日本>
SuicaでICカード普及元年になるか?
慶応大学など,川崎で一般ユーザー対象にインターネットITSの実証実験
「アカウント・アグリゲーション」を知っていますか?
プリペイド式の電子決済を可能にする電子マネー「Edy」が本格スタート
NTTコム,ICカード使った決済サービス
イーバンク銀行が7月23日開業,ネット専業でECの少額決済に特化
日本初のインターネット専業銀行ジャパンネット銀行が開業