実際にGPL違反が発生

 第4条は,GPLに規定された事項以外のことは許されていない旨を規定している。

 GPLに違反したユーザーについては,GPLによって得た権利が自動的に失効することも定められている。しかし,当該ユーザーからGPLソフトを入手した無違反の者まで失効するとすれば不合理な結果を招くので,こうした入手者については権利が失効しないことが規定されている。

 わが国でもGPL違反を指摘されるケースが登場している。

 エプソンコーワは,セイコーエプソン製のスキャナおよびプリンタ用のLinux版ドライバ・プログラムを,ダウンロード・サービスなどの方法で無償頒布していたが「(1)多国語化のために同社で利用しているgettextパッケージのソースコードの一部 (libintl)がGPLであるにもかかわらず,それを同社のパッケージ内に取り込み,非GPLのソースコードおよび非公開のバイナリと共にその個々のファイルのライセンスを明確にしないまま二次配付を行っていたことはGPL違反。(2)ソースコードを非公開とするライブラリ内においてLGPLライブラリ(glibc)とリンクしていたが,同社の使用許諾がLGPLに準拠するものではなかったためLGPL違反」という指摘を受けた。

 これに対し同社は,自社Webページ上で謝罪し,(1)につき,自社のライセンスが適用されるものに対して明確にライセンスを定め,gettextパッケージを,LGPL準拠のバージョン0.10.40以降に差し替え,(2)につき,LGPL第6条に基づき非公開コンポーネントのリバース・エンジニアリングを許可するよう使用許諾を改変して,2002年10月,ダウンロード・サービスを再開した。

 本件は,日頃からエプソン・グループがLinuxコミュニティに対し協力的であったこと,適切な事後対応を行ったことから,円満な解決を招くことができたケースであった。

 プロジーの販売する「DVDコンバータ with DivX PRO」もGPL違反の疑いがあるとして問題になった。この製品に含まれるプログラムがGPLソフトを含んでいるにもかかわらず,その旨を明記せず,ソースコードも公開していなかったためだ。2003年2月,同社も自社のWebページ上で謝罪するとともに,ソースコードを公開し,使用許諾契約をGPL準拠へと一部変更するなどの措置を講じた。

 これらのケースに示されているように,本条で「本プログラムの権利が自動的に失効」するといっても,実際には最初に違反行為である旨の指摘とソースコードの公開など違反行為の是正が求められ,事後対応が不十分な場合にさらなる厳重な措置が講じられるというプロセスが予想される。

なぜGPLの適用が強制されるのか

 では,なぜGPLソフトの入手者に,GPLの適用を強制することができるのか。それを明らかにしているのが第5条である。

 著作権法によれば,ソフトは著作物であり,著作物の複製は複製権,改変は翻案権,頒布は譲渡権の対象となるから,著作権者の許諾なしに行うことができず,許諾なしに行えば著作権侵害となってしまう。GPLソフトの場合も同様であって,転々流通することが予定され,いちいち著作者の許諾を得ることが困難な性格上,こうした行為を適法化しうるのは,GPLというライセンスだけである。したがって,GPLソフトを適法に改変・頒布するためには,GPLを受け容れるほかない。同条は,こうしたGPLの仕組みを明らかにしている。

 しかし,GPLソフトの入手者は,こうした受け入れの意思をGPLソフトの作者に示しているわけではないから,これで本当にGPLというライセンス契約が成立しているかどうか,疑問を抱く人がいても不思議ではないはずである。

 この点については,米国の裁判所では既にシュリンクラップ契約*2などが原則として有効であることが認められていることとの均衡上,GPLについても有効と認められる可能性が強い。

 2001年にスウェーデンMySQL ABと米NuSphereとの間でGPL違反の有無をめぐる裁判紛争が発生している。この事件ではGPLの有効性が争点となったが,翌2002年に和解解決したので,最終的な司法判断に至らなかった。

再頒布の際もGPLに従う

 第6条は,ユーザーがGPLソフトを再頒布した場合,その入手者がGPLによるライセンスを受けること,その際,再頒布者はGPLに新たな条件を付け加えることができないことを規定している。これによってコピーレフトが実現される。

 第7条は,判決などで裁判所からGPLと矛盾するような内容を命じられたときでも,GPL上の義務を免れることはできず,その結果,GPLソフトの頒布を中止するほかない旨を規定している。例えば裁判所からGPLソフトのソースコード頒布を禁止する判決を受けた場合でも,だからといって実行形式だけを頒布することはGPLとの関係で許されず,その場合には実行形式についても頒布を中止するほかない。

 第8条は,例えばGPLソフトが米国特許に抵触するが,その他の国の特許には触れないような場合,「米国には頒布できない」というような形で明確な地理的頒布制限を加え,そこで制限されていない国の間だけで頒布が許されるようにしてよいと規定している。こうした規定が置かれている背景には,特許が登録された国単位で効力を有しているという事情がある。これを属地主義という。特定の国の著作権に抵触する場合も同様の地理的頒布制限が可能である。

 第9条は,FSFがGPLの新バージョンを発表することがあり,その場合には識別できるようにバージョン番号が割り振られていること,特定のGPLソフトに添付されたGPLに,特定のバージョン番号以外に「それ以降のどのようなバージョンも適用できる」となっていた場合,当該GPLソフトの入手者は,そのうちのどのバージョンを選ぶこともできることが規定されている。また,特定のGPLソフトに添付されたGPLに,特定のバージョン番号の指定がないときは,当該GPLソフトの入手者は,FSFが今までに発行したGPLのバージョン中から,好きなものを自由に選択できるとしている。

 第10条は,GPLソフトの一部分を他のフリーなプログラムと統合する場合には,当該GPLソフトの作者に連絡して許諾を得る必要があると規定している。GPLソフトがFSFの著作物である場合には,二次的著作物を含めてすべてがフリーな状態に保たれ,一般的にソフトウエアの共有および再利用を促進するという目標に照らして,特別な例外を認めることがあるとしている。

 最後に第11条および第12条は,無保証について規定している。一般にGPLソフトは無償で作成され,ライセンス料の支払いなしに使用が許されている。そのため,作者が責任を問われるとすると,誰もフリー・ソフトウエアを作らなくなる。そのことを危惧して入れられている条項である。

集団自殺,ネット詐欺,出会い系サイト,掲示板での誹謗・中傷,ウイルス,迷惑メール――。暴走するインターネットを誰も止められない。何を裁き,誰が罰せられるべきなのか。「迷宮」と呼ぶにふさわしいネット紛争を,「法律」をキーワードに描写した書籍『迷宮のインターネット事件』(岡村久道著)。ネット事件の背景を解明し,岡村氏の眼から見えるサイバー社会の「真実」をつづる。

岡村久道(おかむら・ひさみち)氏

弁護士,近畿大学・奈良先端科学技術大学院大学兼任講師。専門分野はサイバー法、知的財産権法など。「迷宮のインターネット事件」(日経BP),「個人情報保護法入門」(商事法務),「サイバー法判例解説(別冊NBL)」(編,商事法務)「企業活動と情報セキュリティ」(監修,経済産業調査会)など著書多数。ホームページはhttp://www.law.co.jp/okamura/