経済産業省がオープンソース・ソフトウエアを支援する政策を次々と打ち出している。オープンソースをどう見ており,どのように対応しようとしているのか。産業政策の立案を担当している経済産業省 商務情報政策局 情報処理振興課 課長補佐 久米 孝氏に聞いた。(聞き手は日経システム構築 高橋 信頼)

---経済産業省がなぜオープンソース・ソフトウエアを支援するのか

 ひとつは,政府,自治体もITのユーザーであり,ユーザーとして,多様な選択肢を持っていたいということがある。単に「自由に選べる」というだけでは意味がなく,移行してもコスト増にならないことが重要。そのために,プリンタ・ドライバなど必要なソフトウエアの開発を支援する。

 もうひとつは,産業政策としての側面。基盤ソフトのオープン・スタンダード化を促進することで,イノベーションを促進し,ユーザーの利益を向上させることができると考えている。

---具体的に,どのような取り組みをしているのか。

 平成15年度(2003年度)は,10億円の予算を取り情報処理振興事業協会を通じ「オープンソフトウェア活用基盤整備事業」を実施した。オープンソースであれば何でも支援する,というのでは意味がない。公募により,リアルタイム処理やオフィス・ソフトウエア,日本語化など,必要なソフトウエアを採択した。平成16年度(2004年度)も,9億1000万円を要求している。

 電子政府におけるオープンソース・ソフトウエア活用フィージビリティ調査として,独立行政法人 産業技術総合研究所に2年間で1000台のLinuxデスクトップ機を業務系クライアントとして導入する計画が進んでいる。今年度は100台いけばいいなあというところだ。とはいえ,デスクトップでの利用は簡単ではないことは覚悟している。失敗も含めて,結果,教訓は公開するつもりだ。

 人材の問題,教育の問題は重要だ。ユーザー企業がLinuxを導入するしない理由のトップは,知識・ノウハウの不足,第2位は,社内のサポート体制の欠如であり,人材の問題に集約される。

 人材という面では,オープンソース・ソフトウエア開発者の実態調査をやろうとしている。日本にオープンソース開発者が何人いるのかなど,現在経済産業省として調査しているとことろだ。「オープンソース開発者列伝」といったスタイルも考えており,まとまったら公開する予定だ。

 オープンソース・ソフトウエアでは,法的な面の分析が非常に重要だ。今年の8月に,財団法人ソフトウェア情報センターでの研究成果をまとめた「オープンソース・ソフトウエアの利用状況調査/導入検討ガイドライン」を公開した。法律的課題について,日本で初めて複数の専門家による集中的な討議を行った。「法的リスクがいったい誰に行っているのか?」など,一企業では扱えない難しい問題もある。来年度も研究を継続する予定だ。

 オープンソース・ソフトウエアのセキュリティ確保に関する調査では「セキュアOSを開発する」というような報道もあったが,「OSレベルでセキュリティを確保するためにどうすべきか」という調査であり,既存のOSの機能の分析,アクセス権限の強化などを研究するものだ。調査の結果,ゼロから作るほうがいいということになるかもしれないし,既存のOSでよい,ということになるかもしれない。

 国際交流も進めていく。2003年3月アジア・オープン・ソース・シンポジウムを開催した。引き続き情報共有をやっていく。「日中韓で共同開発」という報道があったが,9月3日にカンボジア・プノンペンで開かれた日中韓経済相会合で,平沼経済産業大臣が正式に提案した。11月には,大阪で日中韓オープンソースビジネス懇談会を開催するため,情報サービス産業協会が中心となって準備を進めている。

 共同開発が簡単にできるとは考えていない。GPLのもとでは何をやってもオープンにするわけで,成果を日中韓だけで独占しようという気もない。まずは,お互いにこういうことをやっているのかという情報を交換して,問題意識を共有していく。

 ミッション・クリティカルな分野では日本は進んでいると思うが,デスクトップでの利用では中国が独走している。ユーザーとして非常に興味がある。

---日本でのオープンソースの現状と課題をどう見ているか

 ユーザーとして見た場合,世界の状況とそんなに変わらないと思っている。インターネットのサーバー用途を中心に,組み込み系の用途でも動きが速くなっており,様々な方面が関心を持っている。

 一方,政府部門での利用という点では,民間にくらべてまだまだ少ない。目黒区役所でLinuxを導入した例(関連記事)はあるが,話を聞くと,リテラシーのある方がIT部門にいて,導入を引っ張ったというのが実状だ。ある程度のITリテラシーがなければ,オープンソース・ソフトウエアの導入は難しい。

 政府のシステム構築にあたって,民間からITの専門家を採用する「CIO補佐官」という制度を平成15年度から導入したが,それがうまくいけば,オープンソース・ソフトウエアの導入も進んでいくのではないかと考えている。

 もちろん,少し時間はかかるだろう。しかし,サーバーに関して言えば楽観視している。Linuxサーバーは珍しくなくなってくる。政府調達にもだんだん入っていくだろう。

 また,目黒区役所のようなベスト・プラクティスを,共有できるような仕組みも作っていきたい。

 難しいのは,ライセンスをきちんと理解しなければならないことだ。GPLであれば,改変したらソースコードも開示する必要があるが,どこからどこまでが改変なのか,どこからどこまでが別のソフトウエアになるのかが難しい。

 米SCOがLinuxに自社の知的所有権があるコードが含まれているとして米IBMやユーザーに利用料金を要求しているが,このような事態はオープンソース・ソフトウエアでなくとも,クローズドなソフトウエアでも原理的には起き得る。オープンソース特有の問題ではない。

 とはいえ,法的な側面でのリスクをどうコントロールしてくいかは課題であり,ベンダーがこのような法的リスクを引き受け対価を受け取るというビジネス・モデルもあるのではないだろうか。

 オープンソースのビジネス・モデルについては,サービスで稼ぐといっても実際には儲からない,ソフトウエア・ビジネスを破壊するという声も聞く。しかし,すべてのソフトがオープンソースになってしまうわけではない。イノベーションを促進することが目的であり,殺すことが目的ではない。どこまでがオープン・ソースになるか,線引きは最後はユーザーが決める。

 ソフトウエアが無償だと,見かけの売り上げは下がるが,ユーザーに質の高いサービスを提供できれば,高い利益率を上げることは可能だ。オープンソース・ソフトウエアを,そのように前向きに捉えたい。

 オープンソースには色々な可能性がある。地域や企業に閉じ込められていた才能が,枠を飛び出して世の中に貢献していける。特定のお客さんにだけサービスを提供していた人が,多くの人に使われるソフトウエアを作っていける。世界のマーケットに打って出るきっかけにもなり得ると期待している。