図1●仕様決めと開発を並行に進めて約6カ月で構築
新たなビジネスで仕様が決めにくいため,短期でカットオーバーするには開発と仕様作成を並行に進める必要があった。画面とアプリケーション・ロジックの開発も,並行に進められるように工夫した
 「仕様変更が多発しながら全工程が6カ月で済んだのは,“魔法の杖”のような方法論や手法があったわけではなかった」――日興コーディアル証券の新システム開発を担当したシンプレクス・テクノロジーの奥山高啓氏は,プロジェクト完遂の要因に「ユーザーの素早い意思決定と割り切り」,「短期開発と仕様変更に対するメンバーの気構え」を挙げる。

 振り返れば“人が決め手”だった。とはいえ,開発の進め方や環境面での工夫も,できる限りの手立てをつくした。主なポイントは,(1)仕様決めや開発における並行作業(図1[拡大表示]),(2)画面やロジックなど開発対象の独立性,(3)市販フレームワークを使った“ジャンプ・スタート”――の3つである。

新商品に早期参入したい

 日興コーディアル証券の新システムとは,外国為替保証金取引システム「外為倶楽部」である(120ページの図2[拡大表示])。同取引の専用口座を持つ顧客が,パソコンや携帯電話からインターネットを介し,ドルやユーロの売買を行う。

図2●システム概要
クライアントはパソコンと携帯電話。インターネットを介してサーバーにアクセスする。会員数は公開していない。毎日30分のバッチ処理の時間帯を除いて,毎週月曜日午前7時半から土曜日午前6時まで連続運用している

 外国為替保証金取引は,これまで銀行だけに認められていた外為取引が,1998年の外為法改正で一般投資家も参加できるようになり生まれた金融商品。投資家からの人気が高まってきたことから,日興コーディアル証券も2002年4月ごろから検討を開始した。

 日興コーディアル証券は,既にサービスを開始している他社へのヒアリング,開発業者の選定やサポート・センターの準備を進めた。シンプレクス・テクノロジーに正式発注したのは,2002年10月末になってからだった。

 日興コーディアル証券が求めたのは「短期で立ち上げる」(同社 商品企画室 課長 林和人氏)という条件。これまでの証券取引と比べ,まだまだ取引の規模は小さい。ただ,人気が高まっているため,早く参入したい。できれば2003年3月末までにサービス開始,と狙いを定めた。

仕様確定が難しい

 一方,開発を受けたシンプレクス・テクノロジー側は当初から,要件定義に時間をかけることはできないと感じていた。しかも,新規ビジネスのため,仕様を詳細まで詰めることが容易ではない。仕様決定を待ってから詳細設計や開発に入る余裕はなく,スパイラル的に進めていく必要に迫られた。

 ただシンプレクス・テクノロジーでは,外為保証金取引の一般的なデータ・モデルや取引の仕組みを独自に研究済みであった。それらを基に,データ・モデルのエンティティの洗い出しや注文方法のロジックなど汎用レベルの設計ができていた。それらをユーザーへのヒアリングの基にし,週に3回のペースでミーティングを開いてサービスの仕様を詰めていった。並行して,画面のプロトタイプを作成し,画面仕様も決めていった。

 仕様を詰めながら開発を進めるには,詳細が決まって仕様変更が発生しても,できるだけその影響を小さい範囲にとどめる必要がある。そのため,アプリケーション単位での分割と,画面とロジックの分割を実施し,できるだけ独立性の高い形を採った。

 例えば,アプリケーション単位では,為替レートの管理,為替レートの配信,リスク管理,注文・約定管理,帳票管理,などに分割した。これらの間でデータのやり取りが必要だが,そのインタフェースを決めることで,お互いに仕様変更が影響を及ぼさないようにした。開発チームには最大時で50人が加わり,6チームに分けて並行開発を進めた。


(森側 真一=morigawa@nikkeibp.co.jp)