2002年秋ごろからブレークし始めた「ICタグ」。新聞や雑誌,Webサイトでは関連ニュースが連日のように報じられ,ブームは1年近くたった今でも一向に衰えを見せない。自社システムにICタグを組み込んだユーザー事例も増えている。一方で,通信精度の環境依存やプライバシー問題などの課題も抱えたままだ。

図1●システムへの採用が本格化しつつあるICタグ
左は千葉県富里市立図書館。書籍にICタグを張り付け,貸出作業の手間を軽減した。右は會澤高圧コンクリートの採用例。ミキサー車の窓にICタグを張り付け,生コンクリートの積載状況などを管理している
図2●ICタグでバーコードの弱点を補う
無線通信機能を備えるチップを組み込んだICタグは,「タグとリーダーが離れていてもデータが読み取れる」,「データ容量が大きい」といった理由から,バーコードの代替技術として期待が高まっている
図3●ICタグが抱える様々な課題
単価下落の流れや標準化作業の進展具合により,ありとあらゆるモノに普及するかは微妙な状況。プライバシー問題も議論の余地が大きい。当面は,限られた場所や用途での利用が進む見通しだ
 「図書の貸出,返却の処理時間が短縮できた。利用者の評判も総じて良い」――千葉県富里市立図書館 主査補 武藤弘之氏は,利用開始から半年が経つICタグをそう高く評価する。

 同図書館では,約7万5000冊の蔵書の表紙裏にICタグを張り付け,貸出/返却業務の効率化に役立てている。受付テーブルや自動貸出装置に組み込んだリーダーで書籍情報を読み取る(図1左[拡大表示])。「バーコードでは,1冊ずつデータを読み取る必要があるが,ICタグなら貸出制限の10冊まで同時に処理できる。館内が立て込む土日でも,利用者を待たせることはほとんどない」と武藤氏は導入効果を認める。

 北海道で生コンクリート事業を営む會澤高圧コンクリートも,ICタグを活用するユーザーだ。ミキサー車の窓に張り付けたICタグで,車両番号と停車位置,生コンの積載状況を管理する(図1右[拡大表示])。「導入前は,運転手が車から一旦降りて,工場内にある生コンの積載ボタンを操作する必要があった。ICタグの導入で作業効率が大幅に向上した」(経営管理本部 情報システム担当リーダー 奥山寿貴氏)。

 ICタグ導入の流れは上記2つの事例にとどまらない。ICタグ・メーカーの1社,オムロンでは「ここ数年,ICタグの引き合いは着実に増えている」(RFIDプロジェクト 営業・企画グループ 担当係長 主査 立石俊三氏)と,市場拡大の手ごたえを感じている。同社は,回転寿司店のお皿の裏にICタグを張り付け,ハンディ端末で料金を精算するシステムを約80店舗に納入したほか,工事現場の入退室管理用途などでICタグの納入実績を持つ。

バーコードの代替として期待

 ICタグ自体は,決して新しい技術ではない。1980年代からすでに,工場のラインなどで工程管理目的で利用が始まっている。

 広く知れ渡るようになったのは,2002年10月の電波法の改正が1つのきっかけ。免許を取得せずにICタグ向け大型アンテナの利用が可能になるなど,日本国内でも欧州レベルまで規制が緩和されたためだ。メーカー参入が相次いだことで,単価が下落傾向にあることも追い風となった。

 富里市立図書館の例にあるように,ICタグをバーコードの代替技術として期待するユーザーは多い。ICタグ内に商品コードや価格情報などを記録すればバーコードの代替として十分機能する。それだけでなくICタグにはバーコードでは難しかった機能が満載されている(図2[拡大表示])。書き込めるデータ量が飛躍的に大きいほか,データの書き換えも可能だ。1度に複数のデータを読み込めるため,データの読み込み時間が短縮できる。

 同図書館は来年3月に控える棚卸し作業の効率も高まると期待している。「本棚に沿ってリーダーを動かせば一気にデータが読み取れる。1冊ずつ本棚から抜き取ってバーコードで棚卸しをするのに比べ,作業効率が大幅に向上するはずだ」(武藤氏)。

当面は場所と用途に限界

 この9月2日には日立製作所が,アンテナ機能を備えた0.4mm角の超小型ICタグ「ミューチップ」を発表した。同社は「紙幣や有価証券へ組み込むことも可能」と力説する。では,近い将来,ICタグはバーコードに取って代わり,ありとあらゆるモノに組み込まれるまで普及するのだろうか。

 オムロンの立石氏は,最近のICタグ・ブームについて「関心が高まったことはベンダーの立場としては歓迎したい」と前置きしつつ,「多種多様な分野に幅広く普及するには乗り越えるべき課題はまだまだある」と指摘する。例えば通信距離や通信環境だ(図3[拡大表示] )。「13.56MHzの周波数を使う製品の場合,実用的な通信距離は50cm程度。周波数帯を上げれば通信距離を延ばせるが,金属や水分による電波の反射,吸収の影響も大きくなる。ICタグは便利なツールではあるが万能ではない。性能や特徴を理解するのが先決」と立石氏は注意を促す。

 価格もまだ高い。バーコードの原価がほぼ0円なのに対し,ICタグは現時点で最低でも1個数十円はかかる。格納可能なデータ容量が増えると100円近くするケースもある。

 プライバシー問題も議論の余地が大きい。米ジレットや伊ベネトンは,消費者団体から抗議を受けて,ICタグ実験の中止に追い込まれた。国内でも同様の議論が起こる可能性は高く,消費財メーカーは採用に慎重な姿勢を取らざるを得ない。ICタグは当面,範囲の限られた場所で,限られた用途での利用が進みそうだ。

(菅井 光浩=sugai@nikkeibp.co.jp)