(Elliot King)

 グリッド・コンピューティングは,ここしばらくの間,米IBM,米HP,米Oracleが盛んにそのコンセプトを喧伝した“誇大な未来像”に過ぎなかった。グリッド・コンピューティングとは,何千台もの安価なコンピュータにおける未使用の処理時間をまとめて利用することで,わずかなコストながら,大規模なSMP(対称型マルチプロセッサ)サーバーやメインフレーム・コンピュータに匹敵する演算処理能力を提供するというものだ。

 グリッド・コンピューティングの長期的なビジョンは,水道や電気のような公共事業の方法で,演算処理能力を提供することである。このビジョンの下では,まさに水道を使ったり電気をオン/オフするように,ユーザーは必要なその瞬間に必要な量だけの演算処理能力を得て,その対価を支払うことになる。

 グリッド・コンピューティングの背景となる考えは,いくつかの科学的な計算処理の現場に使われている。恐らく一番有名な例は,知的宇宙生命体探査のための電磁波分析をする「SETI@homeプロジェクト」である。300万台ものコンピュータからなるSETI@homeの世界的ネットワークは,平均して毎秒約14兆FLOPS(浮動小数点演算処理)の能力を持ち,1年半の間にのべ50万年以上の演算処理をする時間を生み出した。しかし,複数の専門家は,この科学技術分野での成功にかかわらず,グリッド・コンピューティングが今後何年かの間に,商用アプリケーションに広がることはないと考えている。

企業買収にみられる
グリッド・コンピューティングの可能性

 ただし,ITに関してよくあることだが,全く火のないところに煙は立たない。2003年第4四半期に2つの買収劇があった。この発表が意味するところは,グリッド・コンピューティングとは単に何千台ものコンピュータをつなぐことだけを指すのではなく,ストレージにとっても重要だということを示した。

 米Network Appliance(NetApp)は2003年11月,「ソフトウエア技術獲得」の目的で,突然米Spinnaker Networkを3億ドルで買収した。NetAppの共同創業者で上級副社長のDave Hitz氏によると「すべてのコンピュータ・グリッドの背後には,ストレージ・グリッドの需要がある」。NetAppは特にSpinnakerのグローバルDFS(分散ファイル・システム)技術である「SpinFS」に興味を示した。これはストレージ・サーバー間で,共有ファイルへのアクセスを可能にするもので,ストレージ・グリッドのためのキー・テクノロジである。

 そして今度は米Red Hatが12月,米Sistina Softwareを買収すると発表した。Sistina SoftwareはLinux市場に適応させられるグローバルDFS技術を提供している。多くの観測筋は,Linuxサーバーがグリッドの基盤の大部分を支えると信じている。面白いことに,Red Hatが買収を発表する数週間前に,独SAP Ventures(SAPのベンチャー・キャピタル部門)がSistinaへ投資しており,企業向けのLinuxアプリケーション開発に興味があることを示している。

グリッド・コンピューティングが
ストレージ・インフラを変える

 グリッド・コンピューティングを推進する動きは,ストレージ・ベンダーに対し同時に3つの異なる方向性に沿ってストレージ・インフラの開発を進めるよう,圧力をかけることになりそうだ。しかし,それらには必ずしも互換性はない。

 第1は,グリッドを構築することで,ストレージ・サブシステムがより小さく,単純に,特定のコンピューティング・リソースに密接に結びついた形になる可能性があること。しかしこの場合,依然としてストレージ・インフラを1つのイメージとして管理できる必要がある。言い換えれば,多数の小さな,広範囲に散らばるストレージ装置を中央で調整する必要があるだろう。

 第2は,業界の観測筋の何人かが示唆していることだが,ストレージ・サブシステムはより大きくなり,グリッド内のピア・サーバー群として動作するようになって,結果的にストレージ管理を単純化するだろう。

 そして第3は,グリッド・コンピューティングの基礎概念が,ストレージ自体にも適用されるかもしれない。企業は,大規模な集中型のストレージ・ハードウエアや高価なSAN(ストレージ・エリア・ネットワーク)に投資する代わりに,各エンドユーザーのデスクトップにある総容量80Gバイトのハードディスクのうち,使用されていない半分を使う方法を見つけるかもしれない。この場合,別々の2つのグリッド間でのやり取りを管理することは,複雑さのレベルをもう1つ上に引き上げることになるだろう。

道具立ては実用レベル
鍵になるのはネットワーク

 SpinnakerとSistinaの買収は,業界がこれらの問題に取り組み始めているというサインだ。実際に,Sistinaのマーケティング兼プロダクト・マネージメント担当副社長のJoaquin Ruiz氏は,グリッド・コンピューティングを作る基本部品とそれをサポートするストレージ・インフラは既に実用段階だと説明した。Ruiz氏によると,実用化の鍵になる必要条件は,ネットワークの十分なバンド幅と低コストのハードとソフト,そして優れた相互接続技術であり,それらも既に存在しているが,データ・フローについての十分な計画と深い理解がまだ欠けているという。確かに,ボトルネックがいっぱいあれば,グリッドはその潜在的能力を発揮できない。

 グリッド・コンピューティングが多くの企業で当たり前になるには何年もかかるかもしれない。その一方で先端を行く企業は,大きな成果を得るべく前進を始めている。例えば,企業向けの顧客データの管理と品質向上を図る米Acxiomは2003年夏,同社のカンパニ・リーダーであるCharles Morgan氏によれば,設備投資の費用を70%削減する一方で,データ処理のスループットを40%向上させたグリッドを構築した。そして,NetAppのHitz氏の指摘によれば,Yahoo!はその1億5000万ユーザーを抱える電子メール・サービスの運用のため,グリッド技術を使っているという。

 まだ,小さいながらグリッド・コンピューティングの火は熱く燃え始めている。グリッド・コンピューティングは数を増やしたローコストな処理能力だけを指すのではない。それはストレージ・インフラにも大きなインパクトを与えるだろう。