◆ユーザーの課題◆物流向け業務パッケージ・ソフトを開発しているビッグバンは,物流EDI(Electric Data Interchange)システムをインターネットのASP(Application Service Provider)で提供しようとした。ところが,Visual Studio 6.0で開発したものは,システムの柔軟性が乏しく,満足のいくものに仕上がらなかった。

◆選んだ解決策◆Visual Studio 6.0で開発したコードを捨て,新たに開発環境としてマイクロソフトの「Visual Studio .NET」を採用した。さらに同ソフトのアドオン・ソフトとして東芝テックの「CrossMission」を使った。

◆結果と評価◆ユーザー・インターフェースとビジネス・ロジックを切り分けた開発により,4人で5カ月と従来方法の約半分で開発を終え,開発生産性が大幅に向上した。これで物流EDIシステムを安価に利用できる道を開いた。

 .NET用の開発環境「Visual Studio .NET」が2002年3月に登場して1年以上がたち,.NETを使ったWebサービスがようやく立ち上がり始めた。

 ソフトウエア・ベンダーのビッグバンは,これまで物流システムのパッケージ・ソフトを数多く手がけてきた。開発したソフトは,「出荷名人」「検品名人」「物流センター名人」など9製品に上る。

図1●ビックバンが開発した.NETによる物流システム「JAICS-L BOY」
トップページのメイン・メニュー画面(左)と出荷情報の確認画面(右)。

 物流システムを扱う同社にとっては,パッケージ・ソフトだけでなく,ネットワークをフルに利用したASP(Application Service Provider)事業に乗り出すのは,必然の流れだった。同社は2002年11月より,アパレル業界向けの物流EDI*(Electric Data Interchange)システムを,Webサービスによって提供する「JAICS-L BOY」をスタートさせた。

 アパレル・メーカーと運送会社の間で,出荷確認,荷札印刷,荷物追跡,運賃精算といったメニューをWeb上で提供している(図1[拡大表示] )。インターネット経由でサービスを呼び出すプロトコルであるSOAP(Simple Object Access Protocol)で,XML形式のデータが送信され,運送会社のコンピュータに自動的に取り込まれる。「出荷する荷物が少ない中小企業でも,インターネットに接続できれば,安価に物流EDIシステムを利用できる。また,複数の運送会社から目的にあったところを自由に選べる」と同社システム企画部の田中康之部長は語る。

 開発には,マイクロソフトの開発環境「Visual Studio .NET」に,東芝テックの開発環境「CrossMission」を組み込んで利用した。システムは驚くほど短期間で構築できた。

物流EDIシステムの業界標準「JTRN」という基盤があった

 新しいシステムを説明する前に業界が長い間に積み重ねてきた物流EDIの基盤を紹介しよう。

 通常,運送会社に配達を頼むときは,カーボン紙をセットにした荷札に手で書き込み,荷札を荷物に張る。連絡を受けた運送会社は,集荷・配達して,運送料を請求し,そして精算される。これは,われわれが宅配サービスを利用する時と同じ流れである。

 企業が利用する物流では,これらをシステム化するため,運送会社が大口取引のある荷主に,EDIの端末を使わせている。荷主が端末を使ってダイヤルアップでホスト・コンピュータにアクセスし,出荷データを送る。すると運送会社のコンピュータが集荷の指示を行い,運送料を計算,自動的に請求書を発行するというものだ。

 企業が運送会社を使う場合,複数の運送会社と契約し,配達地域によって得意な運送業者を選んだりする。ビッグバンの開発したパッケージ・ソフト「出荷名人」は1台の端末で複数の運送会社のEDIシステムに対応する。物流EDIの業界標準「JTRN*」(Japan Transport)に対応しているためで,異なる運送会社のコンピュータでも統一したメッセージングと,業界標準のフォーマットを扱える。荷札のフォーマットも記入項目が統一され,印刷出力が可能になるなど,改良を重ねながら,業界に普及していった。

VS 6.0でASPを作るも失敗,システムに柔軟性がなかった

 2001年に2つの転機が訪れた。

 1つは,従来物流向けの業務用パッケージ・ソフトとして普及していた「出荷名人」を,ASPとして利用可能にする「出荷名人ASP」を完成させたのだ。Visual Studio 6.0を使い,約1年の開発期間をかけた。

 これまで物流EDIでは専用のネットワークを使い,プロトコルも専用のものであったが,出荷名人ASPはデータ・センターにWebアプリケーションが稼働するサーバーを置いて,ここに荷主や運送会社がアクセスすることで,物流EDIを実現するというものだ。

 ところが,このシステムは2001年9月に完成した後,結局お蔵入りすることになる。同社システム開発部の芦田昌寛係長は「システムに柔軟性がなく,ユーザーの要望を取り入れることが難しかった。他にも,統一荷札の帳票印刷が難しかった」と,理由を語る。

アパレル業界というユーザーを得て再度.NETでシステム構築に挑戦する

 もう1つの転機となったのは,2001年のほぼ同じころ,アパレル業界向けのシステムを構築する話が持ち上がり,同社がこれに協力したことだ。業界団体のアパレル産業協会と日本ロジスティクス システム協会が経済産業省の支援を受けて,アパレル業界向けのJTRN対応物流EDIシステム「JAICS-L」を構築した。これはASPでもWebサービスでもなく,従来型のホスト・コンピュータと端末による専用ネットワークを使ったものだ。実証実験が成功したのは2001年9月。その後,一部のアパレル・メーカーでシステムが採用された。

 新たに物流EDIシステムを定着させようとするアパレル業界に対して,より安価にシステムを提供する手段として,JAICS-LをWeb化して,再びASP事業を立ち上げることが検討された。再度挑戦するに当たって,2002年3月にリリースされたVisual Studio .NETを使い,.NETでシステムを構築することになった。

VS.NET+CrossMissionでVS6.0の2倍の開発生産性を発揮

 開発は4人で5カ月間かけて完了した。従来同じメンバーで1年間かけていたのに比べると,劇的に開発生産性が上がった。ビッグバンは似たシステムをVisual Studio 6.0とVisual Studio .NETの両方で開発する貴重な経験をしたわけだが,開発生産性が全く異なることにとても驚いた。

 元々Visual Studio .NETを使うことで,関数を書く段取りが減らせて,コード量が減った。「さらに,グラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)とビジネス・ロジックを切り分けて開発ができたことが大きい」(芦田氏)という。

 GUIは,Visual BasicやVisual C++の経験者ならば,ローカル・アプリケーションと同じ感覚で開発でき,制御も細かくできる。プリンタからの出力も同様に開発できたという。

 一方,ビジネス・ロジックに絡んだ開発については,CrossMissionが効果的だった。CrossMissionはVisual Studio .NETのアドオン形式の開発・実行環境で,Visual Studio .NETの実行環境.NET Frameworkで稼働するモジュール群を数多く提供している。

 開発者は,出荷データの入力や荷物状況の確認,請求情報の確認など個々のビジネス・ロジックに特化した形でアプリケーション開発を行えばよい。するとアプリケーション間のメッセージング管理やワークフロー管理は,CrossMissionのフレームワークが行ってくれる仕組みだ。「CrossMissionではWebサーバーとアプリケーション・サーバーの間のメッセージのやり取りを,用意された関数を使うだけで行える。そこが便利だった」(芦田氏)という。

XMLデータを受けて運送会社は自動的に連携

図2●物流システムの概要

 システムの概要は次のようなものだ(図2[拡大表示] )。荷主はWebブラウザで,ビッグバンのWebサイトにアクセスすると,そこでユーザーIDとパスワードで認証を行いログオンする。ここで,運賃計算をしたり,配送地域を確認しながら,複数の運送会社を選び,荷物の出荷データを入力する。すると,データはWebサーバーに蓄えられ,運送会社のコンピュータに対して,SOAPを使いXML形式のデータとして送信される。運送会社はこれを受けて,自動的に集荷指示をして,荷物状況情報をWebサーバーに送信する。さらに支払い請求情報を送信する。他に運賃計算や日報の出力も行なう。

 ここには,いままで業界が蓄積してきた成果が生きている。例えば,荷札を印刷する時に統一された荷札を使ったり,出荷データを送る時にJTRNのXML形式の仕様を使うなどである。

 実は,まだ運送会社側のシステムがWebサービスに対応していないところが多いという。XMLデータを自動的に連動させることができない中小の運送会社には,ビッグバンがCSVファイルに変換するソフトを提供してサポートしている。

 しかし,同社のWebサービスに触発されて,XMLデータを自動的に連携させるシステムを開発している運送会社が増えてきたという。

 今後は.NET Alertを利用し,自動的に発送を通知する仕組みや,荷物を検品した結果を入力したり,確認したりする機能を追加する予定だ。

(木下 篤芳=kinosita@nikkeibp.co.jp)