◆ユーザーの課題◆キリンビールでは,早くから取り組んできた情報共有システムの利用が進んだ結果,クライアント・マシンやネットワークを含めたシステム全体のレスポンスの低下が目立つようになってきた。さらに,ノーツ・サーバーには全文検索などの新機能を追加する余力がなく,新版へのアップグレードも難しいことが分かった。
◆選んだ解決策◆ボトルネックとなっていたクライアント環境とネットワークを強化し,加えて社内ポータル・システムを導入した。業務アプリケーションへのアクセス手段を一元化するとともに,全文検索サービスをポータル・システムの機能を使って実現した。
◆結果と評価◆クライアントとネットワークの整備により,保守やバックアップにかかるコストを大幅に削減できた。ポータル・システムの導入によって,より高度な情報共有サービスを提供する下地ができた。
キリンビールは1997年から,ロータスのノーツ ドミノを用いた文書データベース・システムを導入し,情報共有に取り組んできた。営業部門の担当者にはノート・パソコンが貸与され,営業現場の生の情報が「営業トピック」として日々この文書データベースに蓄積・共有されている。
しかし,システムの利用が進むにつれ,システムのレスポンスが慢性的に低下し,その一方でより高度な機能を求める声も出てきた。例えば,導入当初に比べると,インターネットから入手できる情報は飛躍的に増えている。こうした外部の情報を組み合わせたり,さらに基幹業務システムの実データを加味した分析・検索処理をしたいというニーズが高まってきたのである。
図1●キリンビールが構築した統合メニュー・システム 社内ポータル・サイトから必要なアプリケーションや共有フォルダを簡単に呼び出せるようにした。モバイル環境での業務を推し進めるため,クライアント・マシンをすべてノート型に切り替え,オフライン時にはローカル環境だけで利用できる専用のメニューを表示する |
併せて,クライアント・マシンも一新し,大半をノート型機に統一した。営業部門に限らず,あらゆる従業員にモバイル環境でも情報を活用してもらえるようにすることが狙いである。
検索機能のニーズに対応できない
しかし,新インフラの構築に当たって,課題が山積していた。
最も大きな問題は,情報共有のプラットフォームであるノーツ・サーバーの強化方法だった。営業サイドから強いニーズがある検索機能は2種類あったが,いずれも現行サーバーに簡単には組み込めなかったのだ。
1つは,営業トピックなどにリンクされた様々な添付文書を含めた全文検索機能である。この機能自体はノーツ・サーバーが備えているが,サーバーのリソースを著しく圧迫する。「その機能の存在は知っていたが,処理能力の問題があったため,検討の対象にすらならなかった」(キリンビール 情報システム部 中村浩主任)という。
もう1つも難題だった。全社掲示板や部署内のファイル・サーバー,さらに外部のWebサイトまでを横断的に検索する「統合検索」である。この機能は,利用しているノーツ・サーバーR4.6.xに搭載されていない。しかも,R4.6.xはロータスのサポート期限が迫っていた。バージョンアップなど何らかの対策が避けられない状況だった。
あらゆる要素で再構成が必要に
図2●従来のシステムが抱えていた課題 ノーツから汎用機まで,様々な業務システムを横断的に検索したいというニーズが高まっていた。クライアントは必要に応じて買い増してきたため,サポート対象が40機種に上り,スペックの差も大きかった。ネットワークの活用が進むにつれ,部門ごとに配置している情報化キーマンの負担も増えていた |
キリンビールでは,クライアント・マシンはほぼ1人に1台行き渡っており,約6500台ある。しかし,必要に応じて買い増してきたため,「標準機種」が実に40も存在し,サポート・コストの増大につながっていた。
しかも,大半がPentium-90MHz程度のプロセッサを搭載した非力なWindows 95マシンである。ノーツ・クライアントなどの大きなアプリケーションを使おうとするとレスポンスが悪く,フリーズするなどのトラブルも頻発していた。新しいサービスを提供してもクライアントの能力不足で利用できないという危険性もあった。
これらのクライアント・マシンは部署ごとにまとめて貸与されていた。情報システム部は各部署での利用実態を把握できていなかったため,余剰資産が発生しやすかった。情報システム部と各部署で資産を2重に管理する手間もかかっていた。
システムの管理を補助する「情報化キーマン」の負担も問題になっていた。情報化キーマンは部署に1人ずつ,一般の従業員が兼務している。「当初はLAN環境の利用実態を取りまとめる程度の役目でスタートしたが,いつの間にか部門サーバーのバックアップ作業や部署内ヘルプ・デスクまで兼ねるようになってしまった」(キリンビール 情報システム部 島健夫部長代理)。
社内ポータルを構築
表1●キリンビールがインフラ整備に当たって採った施策 システム環境をできるだけ標準化するとともに,ネットワーク技術を活用して,処理を集中化した。情報共有を促進する一方で,運用・管理にかかる負担を大幅に低減させるのが狙い |
1つは,図1に示すような社内ポータル・サイトの構築である。ただし,ポータルの構築に当たって,まずノーツ・サーバーをどのように強化するのか検討する必要があった。
はじめに後継版のR5.xへの移行を検討した。R5.xなら懸案の統合検索を実現できる。サーバー・マシンを増強すれば添付ファイルの全文検索も実現できそうだった。さらに,後継製品なのだから,移行作業も比較的簡単なはず,という期待があった。
ところが,この期待は裏切られた。キリンビールはデータベースを大幅にカスタマイズして利用していたため,移行作業が非常に手間取りそうだったという。「R5.x向けに1から作り直すのと大差ないほどの移行コストがかかることが分かった」(島部長代理)。
さらに大きな問題は,移行に時間がかかりすぎることだった。ノーツ・サーバーの強化について検討していたのは2001年1月。インフラの整備は2002年3月に完了させる計画だったため,システムを作り直していたらとても間に合わない。
外部エンジンでノーツを延命
そこで,ノーツ・サーバーの運用は当面そのままにして,そのフロントエンドにマイクロソフトの企業情報ポータル・システム「SharePoint Portal Server(SPS)」を導入することにした。選択の理由は,SPSがノーツ・サーバーやインターネットを含めた統合検索やポータル構築が可能になるなど,新しいインフラに必要な機能を一通り備えていたことである。
さらに,「SPSの早期導入プログラムを利用できたので,マイクロソフトからの手厚いサポートを期待できた」(島部長代理)ことも大きかった。実際,ノーツ・サーバーR.4.6.xとの連係機能の一部はキリンビールのリクエストによって追加されたものだ。
クライアント5500台を一括更新
ネットワークも7倍に高速化
2つ目の施策はクライアント・マシンの整理である。全クライアントの85%に当たる5500台を一括更新した。すべて日本アイ・ビー・エムのノート型機ThinkPad( 1機種のみ)で,標準機種が従来の約40機種から一気に6機種に減った。
更新を見送った1000台も含めて,OSもすべてWindows 2000に統一し,システムの安定性を確保した。今後はパソコンの償却期間を1年短縮して4年間とし,陳腐化に対応していく。また,クライアント・マシンの貸与単位を部署から個人に改め,部署内の管理コストと余剰資産の発生を抑えた。
3つ目の施策は,部門サーバーの運用管理の集中化である。バックアップ・テープの交換やシステムの起動/シャットダウンといった基本的な運用が各部署の情報化キーマンの負担となっていたため,これらのシステム運用作業をほぼ完全にシステム部に移管した。現在,情報化キーマンの作業はサーバーの設置場所と電源への接続を管理するだけである。
4つ目の施策は,システムのレスポンス低下の一因となっていたネットワーク・インフラの見直しである。LANにはトークン・リング環境などが残っていたが,すべて100Mビット/秒のEthernetに置き換えた。
拠点間接続はフレーム・リレー網からIPベースのVPN(仮想プライベート・ネットワーク)サービスに完全にリプレースした。システム集中化などの影響でネットワーク利用の増大が見込まれるため,帯域幅を平均7倍程度にまで増強した。IP-VPNを利用したことで,帯域幅を増やしつつ,コストを削減できたという。