ユーザーの課題◆音楽CD販売大手のHMVジャパンのオンライン・ショッピング・サイトは,ここ1年間でページ・ビューが4倍以上に急増。レスポンスの改善や,小規模ながらときどき起こる障害への対応に迫られていた。対策にかかるコストも極力抑える必要があった。

選んだ解決策◆高価なソフトや機器はできるだけ使わず,Windows 2000 ServerのIIS(Internet Information Services)とSQL Server 2000を中心に処理能力を強化した。システム全体を2重化し,可用性も高めた。

結果と評価◆レスポンス時間は従来の半分となる6秒以内に短縮。サイトをリニューアルした後は,今のところトラブルもゼロに抑えた。ショッピング・サイトの売り上げは大幅アップした。

図1●リニューアルしたHMVジャパンのオンライン・ショッピング・サイト
約80万件の商品データベースを基に,パソコンや携帯電話から音楽CDやDVD,ビデオなどを購入できる。音楽CD販売サイトとしては国内最大級であり,1週間のページ・ビューは約600万に及ぶ。24時間体制の物流センターが新設され,注文の翌日にはほとんどの商品が出荷される。

 インターネット・ビジネスの浮き沈みが取りざたされる中で,急成長するHMVジャパンのオンライン・ショッピング・サイトは勝ち組の1つだ。

 HMVジャパンは国内34店舗で音楽CDやDVDを販売する大手チェーンである。そのオンライン・ショッピング・サイトは,店頭に在庫のない商品も含めて,およそ80万タイトルの商品を販売している(図1[拡大表示])。1週間当たりのページ・ビューは1年前の4倍にあたる約600万に達し,HMVジャパンの売上高に占めるオンライン・ショッピングの比率も13%程度にまで伸びた。

2回のリニューアルで売り上げアップ

 このビジネスを支えているのがWindows 2000 Serverをベースとしたシステムである。HMVジャパンは最近,このオンライン・ショッピング・サイトを2度にわたってリニューアルした。1回目は2001年11月に,システムのハードやサーバーOS,データベース(DB)管理ソフトをグレードアップしてインフラを整備。その上に新しいショッピング機能を追加し,さらにコンテンツやキャンペーンを充実させた。

 2回目は2002年1月。携帯電話向けのショッピング・サイトをリニューアルした。整備したシステム・インフラを使って,携帯電話での使い勝手の向上と携帯電話からアクセスできるコンテンツの大幅な拡充を実施した。

 一連のリニューアルの効果は抜群だった。ショッピング・サイトの売り上げは通常のサイトで20%以上,携帯電話用サイトで50%もアップしたという。iモード携帯電話のショッピング・メニューに表示される順位でも,HMVジャパンは2番目になった。このメニューはアクセス件数の多い順にショッピング・サイトを表示しているのだが,リニューアル前のHMVジャパンは「TSUTAYA online」「プレイステーション.com」に続く3位だったのである。

2層システム構成で低コストに

図2●低コストで高性能を目指したオンライン・ショッピング・サイトの主なシステム構成
高価なWebアプリケーション・サーバー・ソフトや負荷分散装置を使わずに,IISとデータベース・サーバーによるシンプルな2層型アーキテクチャを採用。商品検索処理の負荷の高さに応じて,商品検索用DBサーバー以外のサーバーにも処理を振り分けることが可能。システムは完全に2重化され,可用性を高めた。

 オンライン・ショッピング・サイトのリニューアルのポイントは,「システムの基盤を整備して,長期的にオンライン・ビジネスの成長を支えること」(HMVジャパンE-Commerce本部長のDavid Terrill氏)。システム面の課題としては,パフォーマンス不足と障害への対策を低コストで実現することが最優先された。リニューアル以前は,Webサイトのレスポンスが13秒以上かかったり,一部のサブシステムや機器にときどき障害が起こったりして,販売機会を損ねていたからだ。

 HMVジャパンがリニューアルで実施した対策はシンプルなものだが,将来の負荷やコンテンツの増加,コストとのバランスを見極め,適時テストを実施しながら手堅くまとめている。

 リニューアルの土台をしっかりさせるために,まず1億円かけてハードを追加し,処理能力を従来の約4倍に高めた。現在,ショッピング・システムを構成するWindows 2000 Serverは約20台になった(図2[拡大表示])。「レスポンス時間は6秒以下に改善された。現時点で稼働率は30%程度なので,アクセス数の増加や機能追加に対する余力は十分にある」(Terrill本部長)。

 加えて,サーバー,ネットワーク機器を含むすべてのシステム構成要素を冗長化し,SPoF(Single Point of Failure,ある部分の障害がシステム全体のダウンにつながるポイント)が1つもない設計にした。ダウンが許されない受注用と顧客系のDBサーバーは,当然ながらクラスタ構成である。その結果,業務に支障が出るような障害は,リニューアル以来1度もない。

 基本的なソフトも最新版を導入した。以前はサーバーOSにNT Server 4.0,DB管理ソフトにSQL Server 7.0を利用していたが,現在はそれぞれWindows 2000 Server(DBサーバーは同Advanced Server)とSQL Server 2000にアップグレードした。

DBアクセスの効率化が重要に

 HMVジャパンが明示的に出費した対策は上記のとおりである。だがこの事例の特徴は,ハードと基本的なソフトには必要不可欠な投資を惜しまなかった半面,コストを抑えるために,比較的高価なWebアプリケーション・サーバー・ソフトや負荷分散装置を使わなかった点にある。「数百万円もするWebアプリケーション・サーバー・ソフトなどを提案されたこともあったが,高すぎて使う気になれなかった」とTerrill本部長は話す。

 そのためHMVジャパンは,大規模サイトでよく利用されるWebアプリケーション・サーバーを軸にした3層アーキテクチャを採らず,WebサーバーとDBサーバーによる,シンプルな2層アーキテクチャを採用した。WebサーバーにはIIS(Internet Information Services)5.0を利用し,標準機能のASP(Active Server Pages)を使ってDBと連携したWebアプリケーションを開発した。

 ただし,パフォーマンスを確保するためにはいくつかの工夫が必要だった。特にDBの処理効率の向上が鍵を握っていた。というのも,一般的に2層型のシステムは負荷の分散度が低く,DB処理も重くなる傾向にあるため,大規模なショッピング・サイトでは敬遠されがちだ。実際,リニューアル前のレスポンス問題は主にDB処理の遅さに起因していた。

 しかも,HMVジャパンの商品データベースは約80万タイトルのデータを抱えている。リニューアルによって,1タイトル当たりのデータ項目数も約40個から約400個に増え,かなり複雑になった。「スタッフの豊富な商品知識をサイトに反映させたい」というHMVジャパンの意向があったことや各種音楽フォーマットの試聴データ,各種サイズの画像データなどを格納したためである。

 サイトの8割のページがDBと連携して動的に生成される点や,どのユーザーが現在どこのページを開いていて,次にどのページを表示させるか,といった「セッション情報」をDBで管理している点も,余計にDBアクセスを増やしていた。

DB検索処理の負荷分散を可能に

 しかし,こうした課題を抱えながらも,実際には100万ページ・ビュー/日の高負荷に耐えてシステムは順調に稼働している。適切な設計をすれば,IISとDBサーバーだけでも「ここまでできる」という良い目安になる。

 まず,パフォーマンス・チューニングの定石として,Webアプリケーションが発行するSQL(Structured Query Language)文を徹底的にチューニングした。SQL Server 2000の検索アルゴリズムやDBのテーブル構造などを十分に把握した上で最適化する必要がある。特効薬のない,地道な作業である。

 それでも,テストを繰り返しながら実用的なパフォーマンスを獲得できた。さらに,システム開発を担当した大日本印刷C&I企画開発センターの中島義之SI企画開発室長は,「まだチューニングの余地は残されている」という。DBの処理効率を現在の2倍以上に高めることも可能としており,もう一段高いレベルの最適化を目指している。

 もう1つのDB関連の対策は,商品データベースへの検索処理が大量に発生したときの負荷分散だ。6台あるDBサーバーには,基本的に役割分担がある。商品データベースの検索処理と受注処理に2台ずつ,顧客系データベースとバッチ処理用に1台ずつ割り当てられている。

 アクセスが異常に増えたときは,受注用や顧客系データベース用のサーバーでも商品データベースの検索が実行できるようにした。受注処理用DBサーバーのうちの1台は常に受注処理専用だが,その他のサーバーは適時,商品データベースへの検索要求にこたえられる仕組みにした。

(渡辺 享靖=takayasu@nikkeibp.co.jp