▼WinHEC(Microsoft Windows Hardware Engineering Conference)2005では,次期Windows「Longhorn」(開発コード名)に関する開発計画や新機能が紹介され,Longhornの姿がようやく明らかになってきた。2度のベータ・テストを実施した上で,2006年末に出荷される。
▼API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を「WinFX」に完全移行するのではなく,既存の「Win32」も拡張する現実的な路線が示された。
▼WinHEC 2005で披露された新機能は,省電力化やハードディスクの暗号化など,ノートPC向けのものが多かった。新しいシェルである「Aero」の詳細などについては,2005年9月の「PDC 2005」で公表される予定だ。

図1●ビル・ゲイツ会長がWinHEC 2005基調講演で示したスライド
次世代プラットフォームとして,「Win32」が「WinFX」とともに挙げられた。WinFXに取って代わられる予定だったWin32 APIだが,Longhornの新機能が使えるように拡張されることが明らかになった。
図2●Longhornの「新機能」の現在
2003年11月の「PDC 2003」で示された5つの新機能のうち,方針に変更がないのは,新しいシェルである「Aero」だけになった。
図3●結局Longhornとは何か?
Longhornは,「新しいシェル」と「新しいカーネル」を搭載した,ごく普通のメジャー・アップデートである
図4●Aeroで可能になるDPIスケーリング
Aeroでは,アプリケーションのインターフェースを自由に拡大・縮小できるようになる。アプリケーションのインターフェースが,ビットマップグラフィックスではなくベクター・グラフィックスとして描画されているためだ。WinHEC 2005の基調講演では,アクセサリの「電卓」を拡大していた。
図5●Longhornに搭載される仮想フォルダ機能
Longhornには,ファイルをメタデータで分類して表示する「仮想フォルダ」機能が搭載される。画面は,「My Music」フォルダを閲覧したところ。
図6●ノート・パソコンの第2画面「Auxiliary Displays」の試作モデル
台湾AcerがWinHEC 2005に出展した「Auxiliary Displays」の試作モデル。ノート・パソコンの液晶ディスプレイを閉じた状態でも,ハードディスクの中に記録されたデータを小さい液晶画面を使って閲覧できる。
 米Microsoftは4月24~27日,米国シアトルでハードウエア開発者会議「WinHEC 2005」を開催した。今年のテーマは2つあった。同社が4月に出荷を開始した64ビットOS「Windows XP/Windows Server 2003 x64 Edition*」への移行と,次期Windowsである「Longhorn」(開発コード名)への準備である。

 x64 Editionについては,デバイス・ドライバの開発が奨励された。x64 Editionでは,既存の32ビットWindowsアプリケーションの多くが利用できるが,周辺機器を利用するためには64ビット用のデバイス・ドライバが必要である。Windows XP/Windows Server 2003 x64 Editionが標準で備えるデバイス・ドライバは1万5000種類で,32ビット版Windows Server 2003が備える1万6000種類のすべてをカバーしていない。最新の周辺機器用ドライバも含まれない。

 Bill Gates会長兼チーフ・ソフトウエア・アーキテクトは「32ビットから64ビットへの移行は,16ビットから32ビットへの移行よりもずっと急速に進む」と主張し,ハードウエア開発者に対してx64 Editionへの移行を呼びかけた。

 またこれまでは,x64 Editionでどの程度の性能向上が見込まれるのか,情報があまり発信されていなかったが,WinHEC 2005ではそれらもアピールされた。Gates会長によれば,性能向上の効果が見込まれるのは,データベース,ターミナル・サービス,基幹業務アプリケーション,Active Directory,Webホスティングなどであり,既に同社のドメイン・コントローラや「SAP R3」のサーバー,「microsoft.com」のWebサーバー,「MSNメッセンジャー」のサーバーなどが,x64 Editionに移行済みだという。

現実路線が強まったLonghorn

 もう1つの焦点であるLonghornについては,従来は革新的な技術ばかりがアピールされていたのとは違い,2006年末の出荷をひかえて現実路線が強まったようだ。Gates会長はLonghorn時代のソフトウエア・プラットフォームを「Win32 and WinFX」と述べた(図1[拡大表示])。2つのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を同等に並べるとは,非常に興味深い発言である。

 Win32とWinFXはいずれも,アプリケーションがOSの機能を利用するのに使用するAPIである。Microsoftはこれまで,LonghornのネイティブAPIをWinFXだと説明していた。WinFXは.NET Frameworkをベースにした新しいAPIで,Windows NT/95以来使われてきた既存のWin32を置き換えるものである。LonghornでもWin32はサポートされるが,下位互換性のためだった。

 ところがGates会長は,Win32をWinFXと同等の存在だと説明したのである。Win32は,Longhornの新機能が利用できるよう拡張される。もちろんWinFXの機能が後退したわけではないが,Win32の寿命が延びた分,「Longhornの新機能が活用できる唯一のAPIであるWinFX」という位置付けではなくなった。

 これはユーザーにとって,より現実的な変更であるといえるだろう。既存のWin32アプリケーションもコードを多少変更するだけでLonghornの新機能に対応できるようになるからだ。

激変したLonghorn像

 WinFXに限らず,Longhornの姿は大きく変貌している。そもそもLonghornの概要が初めて公開されたのは,2003年11月のソフトウエア開発者会議「PDC(Professional Developers Conference)2003」であった。この中でLonghornの柱になる技術は,(1)新API「WinFX」,(2)画面描画機能「Avalon」,(3)Webサービスの通信機能「Indigo」,(4)ストレージを強化する「WinFS」,(5)ハードウエアと連携してセキュリティを強化する「Next Generation Secure Computing Base(NGSCB)」,(6)新シェル*「Aero」——であると説明されていた(図2[拡大表示])。

 しかし2004年8月には,AvalonとIndigoがWindows XPとWindows Server 2003にも移植されることが発表された。またデータ検索機能などを強化するはずだったWinFSも,Longhornと同時には提供されず,追加機能になることが明らかになった。

 そして今回のWinHEC 2005では,Win32の仕様拡張が発表され,NGSCBという言葉は使われなくなった。

 NGSCBには2つの側面があった。1つは,「nexusコンピューティング・エージェント* (NCA)」という新しいカーネルの追加であり,もう1つはメモリーやハードディスク上のデータを保護したり,周辺機器とやり取りするデータを保護したりする機能である。

 前者の機能は,WinHEC 2005では全く触れられなかった。また後者の機能の一部は「Secure Startup」という名称になった。これは,TPM(トラステッド・プラットフォーム・モジュール)セキュリティ・チップによって,ハードディスクのデータを暗号化する機能である。

 Windows OSの技術統括責任者であるJim Allchinグループ・バイス・プレジデントは日経Windowsプロに対して「Secure Startupは,これから目指すWindowsのセキュリティ強化機能の一部に過ぎない」とは述べたが,他の機能をLonghornに搭載するかどうかは触れなかった。Longhornの新機能の中で今も位置付けが変わっていないのは,新シェルのAeroだけである。

ノートPC用の機能が充実

 「.NETへの完全移行」といった看板はなくなったものの,Longhorn自体の意義がなくなったわけではない。Windows XPは既にリリースから3年半が経過しており,新しいハードウエアに対応しづらくなっている。「新しいシェル」と「新しいカーネル」を搭載したLonghornは,最新のハードウエアの能力を最大限引き出せるというメリットがある(図3[拡大表示])。

 まずはシェルに関連する機能である。Longhornではディスプレイ・ドライバのモデルが一新される。新しいシェルのAeroは,DirectX 9対応GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)の機能を利用して,新しいGUIを提供する。

 Aeroの機能については,「ベクター・グラフィックスによるデスクトップ画面の描画」や「半透明化ウインドウ」といった概要は公開されているが,詳細については「Longhornディスプレイ・ドライバ・モデル(LDDM)」が定まる2005年9月以降に発表されるという。WinHEC 2005では新機能の一部が披露された。

 その一例が「DPIスケーリング」という機能だ(図4[拡大表示])。現在,一部のノートPCの液晶ディスプレイの解像度は,Windowsが想定する96ドット/インチ(dpi)を上回っている。解像度が高いと画面が美しくなる一方で,アプリケーションのインターフェースやシステム・フォントの見た目が極端に小さくなってしまう。

 DPIスケーリングは,ユーザーがアプリケーションの画面を解像度に合わせて拡大する機能だ。ビットマップで描画された画面を単純に拡大するとドットが荒くなるが,DPIスケーリングでは画面はベクター・グラフィックスとして描画されるので,元のイメージを損なわずに画面を拡大できる。

WinFSがなくても検索を強化

 エクスプローラも強化される。Gates会長は「Longhornはアイコンを超える視覚化(ビジュアライゼーション)と,フォルダを超える組織化(オーガナイゼーション)を提供する」と語る。例えば,ファイルのサムネイルがアイコンになるだけでなく,サムネイルを自由に拡大/縮小できるなど,視覚効果が強化される。

 一方のデータの組織化は,「仮想フォルダ機能」で実現する。これはハードディスク上の全文書を,キーワードだけでなく「著者」といったメタデータで分類して,分野ごとに仮想的なフォルダとして見せる機能だ(図5[拡大表示])。従来WinFSで実現すると説明されていた機能だが,WinFSがなくても実現することになった。

 OSの検索機能は,仮想フォルダとの組み合わせで強化される。現在,「ある著者が作成した文書に対してのみ検索を実行する」という場合,「その著者が作成したファイルを1つのフォルダにまとめる」といった準備が必要だが,Longhornなら著者別の仮想フォルダを検索をするだけで済むからだ。

レジュームからの復帰が10秒に

 このほかWinHEC 2005では,「ハイブリッド・ハードディスク」「Auxiliary Displays(補助ディスプレイ)」「Secure Startup」が披露された。

 ハイブリッド・ハードディスクとは,フラッシュ・メモリーなどのNVRAM(不揮発性メモリー)をキャッシュとして搭載したハードディスクのことである。(1)省電力化,(2)レジュームからの復帰の高速化——に力を発揮するという。

 (1)は,NVRAMを活用して,ハードディスクの電源をこまめにオフにすることで実現する。ハードディスクへデータを書き込む際には,なるべくNVRAMのキャッシュを利用し,NVRAMが一杯になるまでハードディスクを回転させない。

 (2)は,レジューム時にメイン・メモリー上のデータをNVRAMに優先的に書き込むことで実現する。読み出し速度はハードディスクよりもNVRAMの方が高速なので,レジュームからの復旧の時間が短くなる。Longhornではレジュームからの復帰時間が10秒になるという。

 2006年末には,64M/128MバイトのNVRAMを搭載した製品が,韓国Samsungなどから出荷される予定だ。

 Auxiliary Displays(補助ディスプレイ)は,携帯電話機の「サブ液晶」をパソコンでも実現するものだ(図6[拡大表示])。ノートPCを閉じたままでも,液晶背面に搭載された小さな液晶ディスプレイを使って,ハードディスク内の音楽ファイルを再生したり,メールやスケジュールを確認したりできる。ノートPCの第2画面だけでなく,ラックマウント・サーバーのコンソール画面も想定している。

 Secure Startupは,TPMセキュリティ・チップを使ってディスク・ボリュームを暗号化する機能だ。現在こうしたセキュリティ・チップ対応はPCメーカーが独自に実装しているが,LonghornではOS標準の機能として実装されるわけだ。

 Longhornは今後,2005年夏に「ベータ1」がリリースされ,9月のPDC 2005ですべてのAPI仕様が公開される。一般向けのベータ・テストが始まるのは,2005年末から2006年前半にかけて公開される予定の「ベータ2」からになる。

(中田 敦)