★インターネット時代の本格的な到来をにらんで,Microsoftが新戦略「Microsoft.NET」を発表した。OSとアプリケーションのライセンス販売で利益を生み出すビジネス・モデルからサービス中心へと転換していく。
★従来のWindows DNAを拡張し,Webサーバー上のアプリケーション(サービス)同士がXMLとSOAPを使って連携し合う世界を目指す。
★Microsoftは,サービスでビジネスを行うための仕組みや開発ツール,サービス部品,ユーザーの利用環境などを提供する。ソフト・ベンダーへの影響は必至だ。Microsoft自身,事業転換に失敗すれば市場から消え去るかもしれない。

写真1●米MicrosoftのBill Gates会長
PDCの基調講演でソフト開発者たちに.NETについて語った。同氏は.NET構想に専念するため,今年1月にチーフ・ソフトウエア・アーキテクトに就任した。

 「ソフトウエアはプロダクトからサービスに変わる」。7月に米フロリダ州オーランドで開催されたMicrosoft Professional Developers Conference(PDC)の基調講演に立ったBill Gates氏はこう宣言した(写真1[拡大表示])。

 Microsoftは6月22日,本社で開催したプレス向けセミナー「Forum 2000」で,次世代戦略「Microsoft.NET(ドット・ネット)」を打ち出した。これまでNGWS(Next Generation Windows Services)と呼んでいたもので,さまざまな憶測が流れていた。

 .NETでは,インターネット上のサーバーにあるアプリケーションをサービスとして組み合わせて分散処理する世界を想定。それを実現するためのインフラを提供していく。サービスの連携にはインターネット標準のXML*SOAP*を使う。「DOSからWindowsへの移行と同じくらい大きなステップアップになる」(Gates氏)。

 Forum 2000では大きな方向性を打ち出しただけだったが,PDCではソフト開発者に対して,より具体的なロードマップが示された。

アプリをサービスとして提供する

 Gates氏は図1[拡大表示]を使って,.NETによるプラットフォームの変化を説明した。まず目を引くのは,「アプリケーション」が「サービス」に置き換わっていること。さらに,ファイル・システムがXMLストアに,API(Application Programming Interface)が「Building Blocks」へと変わる。XMLを使えば人がわかりやすい形でデータを格納できる。Building Blocksは共通ソフト部品と考えるとわかりやすい。Microsoft自身は,Webサイトでのユーザー認証を行う「Passport」サービスなどを提供していく。

図1●Windowsから.NETへ
次世代インターネットのプラットフォームとして.NETを定義した。MicrosoftはDOSからWindowsに変わったのに匹敵する変化だとしている。

 クライアントのインターフェースはブラウザが中心になるが,現行のInternet Explorerをもっと発展させ,Digital Dashboardのようなものになる。それを「User Experience(体験)」と表現した。ハードはPCだけでなく,PDAや携帯電話などさまざまなスマート・デバイスが対象になる。

Web ServicesをXMLで連携

 もう少し詳しく見ていこう。.NETが目指す世界では,インターネット上のサーバーにソフト部品(これをWeb Servicesと呼ぶ)を置いておき,ユーザーはそれらを必要に応じて組み合わせて使う(図2[拡大表示])。それぞれのサービスは別のサービスのためのコンポーネントとして利用できる。データの転送にはXMLを使う。画面イメージをやりとりするのではなく,データをWeb Servicesに送信し,処理結果を返す。非同期型のアプリケーション間通信にはSOAPを利用する。

図2●Web Servicesのイメージ
.NETで目指すのは,コンピュータ同士がXMLを使ってデータを交換し,連携処理する世界。ネットワーク上で各種機能を提供するアプリケーションをWeb Servicesと呼ぶ。

 この仕組みを,たとえばB to Bの企業間取引に適用してみよう。A社がB社から資材を調達する場合,まずA社のサーバー上の発注サービスからB社の受注サービスに発注データを送信。すると,B社の受注サービスはA社の信用を調べるため,C社の与信サービスを使って調査し,問題なければ受注処理を行う。さらに,物流会社の配送管理サービスに受注データを送信し,配送手配をする,といった流れになる。与信サービスなどはASP(Application Service Provider)的に,複数の企業を対象に提供する。

 こうした仕組みは現行のシステムでも実現可能だが,人手を介在せずに,自動的に流れていくシステムを容易に構築できる点がポイントだ。

PDCで.NETのブループリントを公表
第1弾は開発ツールVisual Studio.NET

図3●実世界でのWeb Services連携の例
社がB社から資材を調達する場合,(1)A社のサーバー上の発注サービス(アプリケーション)からB社の受注サービスに発注データを送信,(2)B社の受注サービスはA社の信用をC社の与信サービスを使って調査し,問題なければ受注処理を行う,(3)物流会社の配送管理サービスに受注データを送信して配送手配をする,といった流れになる。これらが人手を介さず処理される。

 .NETを具体化するために,PDCで示されたのが,「.NETブループリント」である(図4[拡大表示])。Microsoftはソフト・ベンダーに対し,サービスでビジネスを行うための仕組みや開発ツール,サービスの部品,ユーザーが利用するための環境などを提供していく。

 .NETの第1弾になるのが,PDCでプレビュー版を配布したVisual Studio.NETだ。Windows向けのソフト開発ツール・スイートVisual Studioの次期版であり,Visual Basic(VB)やC++などのほか,この6月に発表したC#でもプログラムを開発できる。C#は.NET構想に向けて新たに開発したオブジェクト指向プログラミング言語だ。VBとC++の長所を兼ね備えたものになっているという。

 プログラムを動かすための基盤となるのが.NET Frameworkである。これまでのWin32を置き換える。.NET Frameworkでは,オブジェクトがCommon Language Runtime(CLR)上で動作する。VBやVCのほかに,さまざまな言語をサポートする。実際,PDCで富士通がCOBOLをCLR上で動かすデモを行っていた。

 .NET FrameworkはSun MicrosystemsのJava環境を強く意識している。CLRはいわばJava VM(Virtual Machine)*のようなものだ。Windows以外のOSにも実装できる。Java VMとの違いはさまざまな言語を動かせる点だろう。

 .NET Frameworkを実装した最初のOSは,Windows 2000の後継であるWhistler(開発コード名)になると見られる。PDCでは説明がなかったが,Whistlerの名称がWindows.NETになるようだ。

 サーバー製品群のWindows DNA 2000 Serversも今後は.NET Enterprise Serversと名称を変え,.NET対応を進めていく。具体的には,XML形式のデータを直接扱えるようにしていくことが当面中心になる。

 .NET Enterprise Serversのうち,PDC関連セッションが最も多かったのは,BizTalk Serverである。BizTalk Serverはインターネット経由でさまざまな情報をXMLでやりとりするための中核製品になる。複数のWeb Servicesをワークフロー制御する機能(Orchestrationと呼ぶ)も持つ。

図4●Microsoft.NETのブループリント
PDCでは,Microsoft.NETのブループリント(青写真)が示された。Windows DNAをインターネット環境に拡張したのがMicrosoft.NETといえる。第1弾として開発ツールのVisual Studio.NETを提供する。Windows DNA 2000 Servers製品群は,.NET Enterprise Serversに改称された。

.NETはMicrosoftにとって大きな賭け

 .NETの全貌はまだ明らかではない。.NETの世界が実現するまでには少なくても3年はかかるだろう。しかし,Microsoftがビジネス・モデルを大きく転換しようとしていることだけは確かだ。パッケージを販売し,バージョンアップによって利益を生み出すやり方から,サービス中心に変えていく。もし,戦略転換に失敗すれば,5年後にMicrosoftという会社はなくなっているかもしれない。それくらい大きな賭けになるだろう。

 .NETの世界が広がれば,ソフト・ベンダーはソフト・コンポーネントを開発し,Web Servicesとして公開。使用量に応じて課金するようなビジネス形態に移行していくことになる。この変化を認識し,いち早く.NET対応のソフト開発に取り組んでほしい,というのが今回のPDCでのMicrosoftからのメッセージだった。

 .NETは,これまでの自社製品による囲い込み戦略をあきらめ,他社プラットフォーム上のサービスも含めすべてを“つなぐ”戦略に転換したともいえる。その意味ではMicrosoftにとって両刃の剣だ。.NETの成功するかどうかは,ソフト・ベンダーの協力を取り付け,いかに多くのWeb Servicesを提供してもらえるかにかかっている。そのためにはまだ明らかにされていない課金体系が重要なカギになりそうだ。

(桔梗原 富夫=kikyouba@nikkeibp.co.jp)