★ASP(Application Service Provider)という新しいコンピューティング・スタイルがにわかに注目されてきた。インターネットの普及で可能になった。
★Windows NT/2000 Serverの利点は専任のシステム管理者がいなくても,比較的容易にサーバーを導入できる点だが,ASPを利用すれば,兼任のシステム管理者さえもいらなくなる。初期導入コストも安く済む。
★ただし,現時点ではいくつか課題がある。なかでも気になるのは,インターネット・インフラの貧弱さと,処理性能や信頼性についての保証が不十分な点だ。NT/2000ユーザーにとってのメリットとデメリットを探った。

図1●自社でサーバーを構築する従来方式とASPを利用する場合との違い
ASPを使う場合,ユーザー企業はWebブラウザから,ベンダー側のサーバーに置いたアプリケーションにアクセスして利用する。このため,自社にシステム管理者がいらなくなる。ASPベンダーは同じアプリケーションを複数のユーザー企業に提供する。
図2●京セラコミュニケーションシステム「ほう・れん・そう for Domino」 を自社で運用する場合と,ASPを使う場合との料金比較
ASPは初期費用を抑えられる。人件費や教育費は企業の事情によって異なるが,それでもASPの方が断然安い。同社の資料を基に作成。
 昨年秋から,ASPという言葉を頻繁に耳にするようになった。ここへきて,サービスを開始するベンダーが引きも切らない。新聞や雑誌もこぞってASPを取り上げ,展示会やセミナーも花盛りだ。

 Windows NT/2000ユーザーの場合,これまでASPと言えば,MicrosoftのWebページ生成機能である「Active Server Pages」を真っ先に思い浮かべたと思うが,今話題のASPは「Application Service Provider」の略だ。ベンダー側のサーバーに置いたアプリケーション・ソフトを,インターネット経由でユーザー企業に提供し,定額か従量制で課金するサービス形態である(図1[拡大表示])。水道や電気によくたとえられる。

 サービスの種類は,グループウエアや人事・会計といった業務アプリケーション,ECアプリケーションなど多岐にわたる。ユーザーはWebブラウザを使って,ASPベンダーが運用するサイトにアクセスし,サービスを利用する。これまでも科学技術計算などをネットワーク経由でサービスする形態はあったが,インターネットの普及によって,Webブラウザから簡単にアクセスできるうえ,GUIベースで操作できるようになったことでサービスの可能性が広がった。iモード端末から利用できるサービスもある。

 ASPと似たサービスとしてアウトソーシングがある。システムの運用をベンダーに任せるという点では共通する。大きく異なるのは,ASPは1つのアプリケーションを複数のユーザーが共通に利用する点だ。アウトソーシングの場合は,ユーザー個別のシステムを用意し,その運用を代行する。

兼任のシステム管理者さえも不要に

 ASPの利点はいくつかあるが,なかでも大きいのは,サーバー管理がいらなくなる点だろう。中小企業やSOHO(Small Office Home Office)では,専任のシステム要員を置くことが難しい。

 こうした事業所でも利用できることがWindows NT/2000 Serverの特徴であり,さらに手軽な製品としてマイクロソフトはSBS(BackOffice Small Business Server)を販売している。だがSBSでもユーザー管理など,ある程度のNT Serverの知識とスキルが求められ,初めてLANを導入するような企業にはハードルが高い。そのせいもあってか,期待したほどSBSの販売実績は上がっていない。

 本来の業務の傍らにサーバーを管理する,拠点や部門の“情報化リーダー”のような人にとっては,今号の特集で取り上げたシステムのバックアップも煩わしい作業だが,ASPを利用すればそれも必要なくなる。

初期投資と運用コストを削減できる

 初期投資を安く抑えられることも利点だ。PCサーバーの低価格化が進んでいるとはいえ,大量のハードディスクを搭載し,バックアップ装置なども装備すると,すぐに100万円を超えてしまう。さらに,Windows NT/2000やアプリケーション・パッケージを搭載するとコストがかさむ。

 たとえば,グループウエアのノーツ/ドミノ向け営業支援ソフト「ほう・れん・そう」のASPサービスを開始した京セラコミュニケーションシステム(KCCS)の試算によれば,30人で利用する場合に自社でサーバーを立てると,ハード/ソフト製品だけで262万円かかる(図2[拡大表示])。さらに,インストール費用や導入支援教育,システム要員の人件費,NTの運用管理教育の費用などを合算すると,1年目に1123万円のコストが発生する。

 これに対し,ほう・れん・そうをASPで利用すると,年間143万円で済む。自社でサーバーを保有すれば,2年目以降からはコストを回収できるものの,3~4年もするとハード/ソフトが陳腐化し,更新しなければならない。ASPならば,バージョンアップ費用も発生しない。表中ではASPの費用に通信コストが含まれていない,また人件費や教育費はユーザー企業の事情によって差があるだろう。だが,これらの点を考慮したとしても,ASPの方が安上がりだ。月額固定制にできるため予算も組みやすい。

開発不要ですぐに使える点も魅力 

 システムを素早く立ち上げられる点もメリットだ。カスタマイズがほとんど不要なグループウエアの場合,インターネットに接続できる環境さえあれば,極端にいえばすぐにでも利用できる。逆に,使ってみてあまり効果がないとわかったときに,簡単にやめられるという気軽さもある。

 業務アプリケーションやEC(電子商取引)アプリケーションでは,カスタマイズの度合いによって導入期間に差が出る。しかし,システムを設計・構築し,パッケージを導入してカスタマイズするのと比べれば,短期間で使えるのは確かだ。また,たとえば営業部門が営業支援システムを入れる場合に,システム部門に依頼しなくても,ASPを利用すれば使える環境が簡単に整うという利点もある。

インターネット環境が現状では貧弱

 こう見てくると良い点ばかりが目につくが,現状では課題もいくつか残っている(図3[拡大表示])。

 1つ目は通信インフラの問題だ。たとえば,グループウエアのように軽いアプリケーションであっても,ダイヤルアップ接続では快適に利用できない。大量のデータのやりとりが発生する業務アプリケーションではなおさらだ。このためインターネットの常時接続環境が必須になるが,日本の場合,高速で高品質のサービスを利用しようとすると通信コストが高い。

 この4月からNT版の業務パッケージ「System Boxシリーズ」のASPサービスを開始したNEC情報サービスの大谷道雄ASP推進室企画マネージャーも,「どれだけ広帯域のインターネット回線が整備されるかが,今後のASP普及の鍵を握る」と指摘する。

 セキュリティに対する不安もある。たとえば,顧客情報など重要なデータをインターネット上でやりとりするのは抵抗があるだろう。このため,インターネットではなく専用線でサービスを提供するASPベンダーもある。

料金体系やサービス保証制度も未確立

 2つ目はASPベンダーに対する不安である。現在,雪崩を打って参入しているが,大半のベンダーはまだASPの実績がなく,試行錯誤している状態だ。

 たとえば料金体系。確かに現状では自前でシステムを抱えるよりも割安感がある。だが,ソフト・メーカーもASP向けのライセンス体系はまだ定まっておらず,サービスを提供するベンダーも競合他社の動きをにらみながら手探りで決めている。外食業向けに売上管理などのサービス「まかせてネット」を提供しているジャストプランニングの吉田雅年社長は,「通常のシステム開発のように,ベンダー側のコストを積み上げて計算してもだめ。ユーザーがいくらならば受け入れてもらえるかを考え,最後は経験と勘で決めるしかない」と明かす。

 ASPべンダー間の競争が熾烈になり,価格が引き下げられることは,ユーザーにとって歓迎だが,サービスが低下する危険性をはらんでいる。ベンダーにとってコストを削減するのに手っ取り早いのは,サーバーへの投資を抑えたり,運用管理要員を減らすことだ。

 しかしそれは処理性能や信頼性の低下につながる恐れがある。基幹業務アプリケーションの場合は,サービス品質を保証するサービス・レベル契約(SLA)を結んで,処理性能や障害時の復旧時間などをベンダーとの間で取り決めしておくことが望ましいが,現状ではそこまでの体制をとっているベンダーは少ない。

カスタマイズ至上主義では難しい

図3●自社でNT/2000サーバーを構築・運用せずに,ASPを使うメリットと現状での課題
 3つ目はサービスを利用するユーザー側の問題だ。まず,自社の情報技術が空洞化してしまうこと。アウトソーシングが登場したときにも議論されたことだが,システムをすべてベンダー任せにしてしまうと,最新IT(情報技術)情報に疎くなり,ITインフラを整備するスキルも蓄積されない。

 アプリケーションのカスタマイズをどこまであきらめられるか,という問題もある。日本企業は,特に業務アプリケーションについては他社と同じものを使うのを嫌う傾向がある。ERPなど既製のパッケージがこれまであまり受け入れられなかったのは,カスタマイズ至上主義とでもいうべきIT風土が大きな原因になっている。かといって大幅にカスタマイズを施すと,コストと導入期間が増えてしまい,ASPを使うメリットが薄れる。

ASPは間違いなく今年のキーワードになるだろう。ベンダーはバラ色の部分ばかりを強調するが,過度の期待は禁物だ。自前でNT/2000サーバーを立てれば,運用管理の手間はかかるものの,融通がきくのは事実。ASPの場合,処理を軽くするために通常のアプリケーション・パッケージよりも機能を制限している場合もある。当面はアプリケーションによって,自社でのサーバー構築・運用とASPを使い分けるのが現実的だろう。

(桔梗原 富夫=kikyouba@nikkeibp.co.jp)

ASP市場は2000年中に250億円に
最初に立ち上がるのはグループウエア

図A●ASPのアプリケーション分野と主なサービス
グループウエア,業務,EC(電子商取引),特定業種向けに分類できる。やや分類は異なるが,ベンダーの動きを知るには,日経BizITのASPのサイト(http://bizit.nikkeibp.co.jp/it/asp/)が参考になる。
 ここ半年の間に驚くべき数の企業がASPビジネスに名乗りを上げた。各社が発表あるいは提供しているアプリーションは,(1)グループウエア(電子メールを含む),(2)人事,会計,ERP(Enterprise Resource Planning)などの業務アプリケーション,(3)EC(電子商取引),(4)建設や外食業など特定業種向け――の4つに大きく分類できる(図A[拡大表示])。

 このうち,NT/2000ユーザーの多くが関係しそうなのは,グループウエアと業務アプリケーションだろう。いずれもNT/2000 Serverの代表的なアプリケーションだからだ。グループウエアは,ASPの中でも最初に立ち上がりそうな分野として期待されている。もともと,Webブラウザから利用できる製品が多く,ベンダーにとってもサービスを提供しやすい。たとえば,富士通ビジネスシステム(FJB)のWeb Officeは,97年7月からと早くからサービスを提供していることもあり,すでに約150社のユーザーがある。ユーザーは売上高が300億円以下の中小企業が多いという。

 ロータスはノーツ/ドミノを使用したASPサービスの支援事業を4月から開始した。すでに約60社のASPベンダーと交渉を進めており,2000年中に10万人がASP経由でノーツ/ドミノを利用すると見ている。米Microsoftも3月に,ASP会社のInterliantとWindows 2000 ServerとExchange 2000 Serverを使ったASP事業を手がけることを発表した。ただし,国内での具体的な話はまだない。

 業務アプリケーションについては,SAPジャパンが日立製作所と提携し,R/3のASP事業を開始するなど,ERPベンダーが積極的だ。東芝エンジニアリング,NEC情報サービス,富士通システムソリューションズなど,中堅・中小企業向け業務パッケージを販売するベンダーもASP事業に乗り出している。これらの多くはNT版がメインであり,NEC情報サービスのSystem Boxのように,Terminal ServerとCitrixのMetaFrameを使ってWebブラウザから利用できるようにしている製品もある。

図B●日本のASP市場予測
日本ガートナーグループ データクエスト部門の予測。2000年の市場規模は254億円で,その後2004年には3127億円になるとしている。
 では,ASPの市場規模はどれくらいになるのだろうか。日本ガートナーグループのデータクエスト部門の予測によれば,ASPの市場規模は2000年に254億円で,その後2004年までは年率87%で成長するという。2004年には3127億円規模に達する。データクエストでは,ASP市場を「ネットワークを介してアプリケーション機能や関連サービスをレンタル形式の料金体系で提供するサービス市場」と定義し,5つのカテゴリに分類している。前述の業務アプリケーションを,ERPや人事・会計などのバックオフィス系と,営業支援やDBマーケティングなどのフロントオフィス系に分けている(図B[拡大表示])。2000年に立ち上がるのはコラボレーション系だが,その後は,業種特化系とEC系が大きく伸びると予測している。