こんにちは。弁理士の恩田です。よくできたソフトがあると,「この処理はどう記述しているんだろう」と思うことがありませんか。ソースコードが公開されていればいいのですが,オブジェクト・コードしか提供されていない場合は,プログラム・ファイルやドキュメントを詳細に分析するリバース・エンジニアリングが必要になります。ただし,リバース・エンジニアリングをするときには注意すべき点があります。
ここは窓から東京都庁の高層ビル群が臨める,とある特許事務所。相次ぐ出張から戻ってきた弁理士がコーヒーを飲んで人心地ついていると,ノックの音が聞こえました。大学の同級生だったS氏です。
S:やあ,相変わらず飛び回っているようだね。ゴールデンウイークぐらい休みをとればいいのに。
弁理士:それはそうなんだが,僕の仕事を待っている人を思うと,そうもしていられなくてね。そう言う君は何をしてたんだい?
S:ネット・サーフィンをしてたらすっごいフリーソフトを見つけたんだ。細かい説明は省くけど,とにかく我々のようなプログラマにとってはすごく便利で感激もののソフトだよ。
弁理士:へえ,そんなすごいソフトを無償で提供してくれる人がいるんだね。
S:気に入って使っているうちに,新しいアイデアも出てきてね。いろいろと変更したいと思ってるんだよ。
弁理士:そのソフトをカスタマイズしたいってわけか。
S:そう。それで,いいものができたら,自分で使うだけではもったいないからWebとかで公開することも考えているんだけど…。そこで,何か法律上の問題はないか,専門家の君の意見を聞きたいってわけなんだよ。
弁理士:そのソフトはどんな形式で公開されているんだい?
S:オブジェクト・コード形式だけど。
弁理士:ソースコードは公開されていないってわけか。じゃあ,カスタマイズをするといっても,リバース・エンジニアリングが必要ってことだね。
S:まあ,多少時間はかかるだろうけど,一つずつ動作を確認しながら調べていけば十分可能だね。
弁理士:うーん…。
S:えっ? ひょっとして,リバース・エンジニアリングをするのが,著作権の侵害になるとか?
弁理士:これがなかなか難しい問題なんだ。前にも言ったけど,著作権は,思想や感情を創作的に表現した「著作物」の作者,すなわち著作者に与えられる権利だ。ソフトのリバース・エンジニアリングの作業が,著作権の侵害にあたる「複製」や「翻案」に該当する場合が考えられるんだ。たとえば,メモリー・ダンプ,逆コンパイル,逆アセンブルをする場合に問題になる。
S:どういうことだい?
利用許諾契約に要注意
弁理士:リバース・エンジニアリングをするときに,オブジェクト・コードを逆アセンブルしてソースコードをプリントアウトしたり,ハードディスクに保存したりするだろう。それが,ソフトの複製や翻案と見なされて,著作権の侵害になる可能性があるってことだ。S:プリントアウトしたり,ハードディスクに保存するのがダメだっていうのなら,メモリー上に一時的に置くだけっていうのはどう?
弁理士:確かに,内部記憶装置における「瞬間的かつ過渡的」な蓄積であれば著作物の複製には該当しないと言われている。ただ,長時間メモリーに置いていると,ハードディスクに保存するのと変わらないと判断されるかもしれないね。
S:ややこしいなあ。著作権法には,リバース・エンジニアリングをしてはいいとかダメだとか,きっちりした規定はないの?
弁理士:リバース・エンジニアリングに関する著作権問題は,過去に日本政府や国際会議でも議論されたことがあるんだ。しかし,いずれもはっきりした結論を出せなかった。裁判所での判例や学説の蓄積に任せるしかないというのが現状なんだ。
S:リバース・エンジニアリングをしたとしても,そこにあるアイデアだけを参考にして新しいソフトを作ることは,著作権侵害にならないんじゃないのかな? 前に君は,著作権法は本来,思想や感情の表現物である著作物を保護するものであり,技術的なアイデアを保護するものではない,って言っていなかったっけ。
弁理士:そうだけど,新しいソフトにおける改良や改変のレベルにもよるから,それが元のソフトの翻案に該当するかどうかを単純に判断することが難しいのは確かだね。
S:なんだかすっきりしないなぁ。
弁理士:この不明確な点を解決するために,次のような方法が採られている。ソフトをインストールのときに同意する利用許諾契約っていうのがあるだろ? あれには「ソフトウエアの修正,変更,改変,リバース・エンジニアリング,逆コンパイル,逆アセンブルなどをすることはできません」と書かれていることが多いんだ。
S:なるほど。今までざっと眺めただけで同意ボタンを押していたからきちんとは覚えていないけど,確かにそういったことが書かれているソフトが多いような気がするなあ。
弁理士:こうした禁止条項は,利用許諾契約にはなくても,フリーソフトに添付されたreadmeファイルの方に記載されていることもあるから注意が必要だ。勝手にリバース・エンジニアリングをすると,契約違反になり,ソフト提供者から訴えられることだってある。リバース・エンジニアリングに基づいて改良したソフトを,個人的に使うだけならまだしも,ネットで配布したり販売したりしようとすると,相手の承諾が不可欠ということだね。
特許が取得されていないか?
弁理士:さっき君は,著作権法ではアイデアは保護されないんだろうって言ってたけど,技術的なアイデアを保護するための制度があることは知っているよね。S:特許のことだろう。
弁理士:そのとおり。ソフトは特許の対象になるからね。フリーソフトといえども特許が取得されていることがある。やっかいなのが,フリーソフトの提供者以外の第三者が特許を所有していて,そこから警告されたり,訴えられたりする場合だ。それから,フリーソフトの提供者が,そのフリーソフトについては特許権の行使をしなくても,その改良版やアプリケーションには,実施料を請求してくるケースもある。さらには,開発者が最初は特許権の行使をしなくても,その後,第三者に特許権を譲渡してしまい,その第三者から実施料が請求されることも考えられる。
S:なんだか,こわくなってきたぞ。どうすればいい?
弁理士:フリーソフトが特許を出願しているかどうかを調べるのは大変だろうけど,特許調査をすることを考えた方がいい。フリーソフトのアイデアを参考にして開発したソフトを使ってビジネスをする場合には絶対に調査すべきだね。自分の改良部分に新規性があるような場合には,自ら特許出願をしておくといいだろう。
S:相手が何か言ってきたときに,自分の改良部分の使用権を認める代わりに,元のソフトの使用権を認めてもらうクロスライセンスに持ち込めるように,ってわけだね。
弁理士:そのとおり。さっきの著作権と言い,今日はなんだか冴えてるじゃないか。
S:まあね。昼食や夕食という形で,君にはずいぶん授業料を払ってきたからねえ。そのぐらいわかっていないとね。
弁理士:じゃ,授業料に見合った知識をもう一つ伝授しよう。特許法69条1項では,「特許権の効力は,試験又は研究のためにする特許発明の実施には,及ばない」と規定されている。試験や研究は技術の進歩発展に役立つものだから,これらにまで特許権の効力をおよぼすのは酷だという考え方だね。
S:なるほど,リバース・エンジニアリングを試験や研究といった観点でとらえれば,特許権の効力外ってわけか。でも,その試験や研究をベースにしてビジネスを始めるときには要注意だな。
弁理士:まあ,そういうことだ。それから,著作者人格権についても注意をしないといけない。
S:あれ,なんだったかなあ。忘れちゃったよ。さっき,冴えてるって言われたばかりなのにね(笑)。
弁理士:著作者人格権は,著作者の人格を保護することを目的とする権利なんだ。著作者人格権には三つの権利がある。著作権法18条の「公表権」,19条の「氏名表示権」,20条の「同一性保持権」だ。公表権は,まだ公表されていない著作物を公衆に提供または提示する権利。氏名表示権は著作者が著作者名を著作物に表示する権利だ。同一性保持権は,著作物の同一性を守るためのもので,著作者の意に反して著作物の改変を受けないものとする権利だ。
S:そう言えば,そうだったね。
弁理士:あるソフトを改良して作った別のソフトは,二次的著作物に該当するけど,二次的著作物については,原著作者の公表権,氏名表示権,同一性保持権が働くことになる。つまり,氏名表示権について言えば,原著作者と二次的著作物の著作者の両方を表示することになる。原作者の名誉を尊重しなければいけないってことだね。
S:了解。
弁理士:ただ,同一性保持権については例外がある。使用機種の変更に伴う改変(コンバージョン),バージョンアップ,バグの修正などは,同一性保持権の侵害とはならないとされているんだ。
S:なるほど。それじゃ,こちらがフリーソフトを提供する場合には,どんなことに気をつけたらいいんだろう?
弁理士:一言で言ってしまえば,今まで説明したことを逆の立場で考えればいいってことだ。そうやって他人による不正な利用がないか,常に目を光らせておくことだろうね。
S:そりゃそうだろうけど,他には注意することないのかい?
弁理士:ソフトに対して,保証をしない,バージョンアップには対応しない,あるいは,これらを有料で行う,ってことを利用許諾契約に明示しておくことかな。
S:ソフトでは利用許諾契約がカギになるってわけだね。これまでなおざりにしがちだっただけに,勉強になったよ。
参考文献
[1]新しいソフトウェア開発委託取引の契約と実務,(社)情報サービス産業協会 法的問題委員会契約部会編,商事法務
[2]詳解 著作権法 第2版,作花文雄,ぎょうせい