こんにちは。弁理士の恩田です。みなさんは「特許がとれるアイデア」と聞いてどんな想像をするでしょうか。専門家が難しい研究の末にようやく完成させたすごいもの? それとも100円ショップの便利グッズにも見られるようなちょっとした思い付きに近いもの? どちらでも可能なのですが,特許を取得するにはある要件を満たしていなければなりません。今回はその要件について説明しましょう。

 ここは窓から東京都庁の高層ビル群が臨める,とある特許事務所。弁理士が昼休みでくつろいでいると,彼の大学のときの同級生であるS氏がなにやら興奮した面持ちで飛び込んできました。以前から開発していたソフトが完成しつつあるようです。

S:ずっと前から話していたAI(人工知能)システムだけどね,ついに完成しそうだよ。今度こそ,僕が開発したソフトウエアの最高傑作だ。斬新なアイデアがたくさん詰まっているからね。特許を取りたいと思っているんだけど,もちろん相談に乗ってくれるよね?

弁理士:ついに,君が僕のクライアントになるときが来たってわけだ。喜んで力になろうじゃないか。

S:君はソフトウエア特許の第一人者だと聞いているからね。ここは一つ,よろしく頼むよ。

弁理士:はいはい。

S:でも実は,特許が取れるかどうか,ちょっと心配なところもあるんだ。だってほら,特許ってそもそも“物”に与えられるってイメージがあるじゃないか。主婦が考えた洗濯機用のゴミ取り器だとか,便利グッズみたいなのとか…。

弁理士:確かに特許はもともと,新しい物について与えられるものだったんだ。でも最近,特許法が改正されて,プログラムを“物”として扱うことになったんだ。ハードウエア重視からソフトウエア重視へと世の中が移り変わって行くのに対応したわけさ。

S:へえ。プログラムが物ねえ。それで,これまでに特許を取ったソフトウエアってどんなものがあるんだい。

弁理士:う~ん。一言では言い表せないね。実際,すごくたくさんあるんだよ。インターネットでの決済方法やショッピング・カート,カーナビゲーション・システム,画像処理ソフト,携帯電話,デジタルカメラのモニターの制御,サービス・ポイント管理システム,音楽サンプル試聴システム,ネット・オークション・システム…。

S:おいおい。なんでもありって感じじゃないか。

弁理士:まさにそのとおりだよ。ソフトウエアの世界は特許だらけなんだ。

S:全然知らなかったよ。前に来たときに著作権について教えてもらったけど,特許とは何が違うんだい?

弁理士:著作権は思想や感情を創作的に表現した著作物の作者に与えられる権利だけど,特許では表現の背後にある技術的なアイデアについて権利が与えられる。したがって,特許を出願するときにはソースコードそのものを提出するのではなく,プログラムのどの部分について権利を求めるのかを文章で表現して提出しなければならない。「コンピュータに手順A,手順B,手順C,…を実行させるためのプログラム」といった形式で,特徴的な部分を文章で表すわけだ。

S:え~っ,プログラムって言っても結構膨大な量だよ。その中から特徴的な部分を抜き出して文章で表せって言われても…。

弁理士:だから一般には,弁理士が発明者に代わって,そうした文章を書いているんだよ。実際には,ソフトウエアの各手順における機能やデータの生成・送受信・記憶といったものに注目して文章化するんだ。そのソフトウエア自体の説明をするだけじゃなくて,なるべく広い権利がとれるように,いろいろなバリエーションについても考慮して権利に含めるようにするのがコツだね。

インターネットで公開したものはダメ

弁理士:個人でもやろうと思えばできなくはないけど,専門的な知識が必要だし,よりよい権利をとるためには経験のある弁理士に依頼した方がいいね。

S:具体的にはどんなことをするんだい。

弁理士:まず,特許出願の書類を作成しなければいけない。願書,明細書,図面,要約書というものを作成する。そして,オンラインで特許庁に提出する。

S:結構手間がかかりそうだなあ。それで特許がとれなかったらトホホだよ。念のために,特許を取るための条件みたいなものがあったら教えてくれないか。

弁理士:特許をとるための要件の一つとして,出願しようとする発明が世の中で誰にも知られていない新しいものでなければならないというのがある。この要件を「新規性」というんだ。

S:新規性か。特許を取ろうとする以上,当然だね。

弁理士:でも,ちょっと注意してほしいことがある。何か新しいものを発明したら,外部に公表する前に特許出願をするようにしなければいけないんだよ。新しいアイデアを取り込んだソフトウエアなんかは,取引先などにプレゼンテーションをする前に特許出願を完了しておくべきだね。それから,インターネットで公開しても,この新規性の要件にひっかかってしまうから要注意だね。特許出願前に,うかつにベータ版ソフトなどを公開しないように。

S:あ,そうなんだ。気をつけようっと。

弁理士:じゃ,次の要件だ。特許をとるには,同業者が簡単に思いつくようなレベルのものであってはいけない。これを「進歩性」というんだ。特許はいったん認められると,出願の日から20年間,独占的な権利が与えられる。簡単に思いつくものに対して特許を認めてしまったら,産業の発展の妨げになってしまうからね。

S:もちろん僕としては,こんな斬新なアイデアはそんなに簡単に思いつくものではないという自信はあるけどね。ただ,誰がどうやってその進歩性とやらを判断するんだい?

弁理士:特許庁の審査官が,その技術分野の専門家の視点に立って,判断するんだ。通常は,出願の日以前に公開されている特許公報に書かれている内容を基に,容易に思いつくものかどうかを判断することが多い。

S:「特許は早い者勝ち」ってことも聞いたことがあるけど。

弁理士:そうそう。いくら君がすごい発明をしても,別の人が同じ発明をして先に特許出願してしまったら,その人に特許が認められ,君は特許をとれない。これを「先願主義」というんだ。

S:同じことを先に考えていたんですって言ってもダメなのかい。

弁理士:ダメだね。

S:冷たいなあ。そんなこと言うんなら,今すぐ出願してよ。

弁理士:そ,そんなに簡単にはできないよ。弁理士に依頼する場合は,通常1カ月ぐらいはみておいてほしいな。特許出願の書類の作成にはかなり時間がかかるし,どの弁理士も常に複数の案件を抱えているからね。

出願から権利維持には1件あたり80万~100万円かかる

S:そこをなんとか,がんばってくれよ。それで,気になる費用の件だけど,いくらぐらいかかるんだい?

弁理士:とりあえず一般的な話をさせてもらうね。特許出願費用は,ごく平均的なレベルで35万から40万円くらいだ。書類のページが増えると値段も高くなる。

S:え~っ。ずいぶん高いんだなあ。

弁理士:まだまだだ。出願をしても,そのままでは特許庁では審査をしてくれない。審査をしてもらうには,出願審査請求という手続きをしなければならない。これに10万円程度かかる。さらに,審査の途中で特許庁から拒絶理由通知というのがくることがある。これでは特許を与えられません,という通知だ。これに対応して提出書類を修正するとなると,これにも費用がかかる。あと,特許が認められたときには,権利を維持するための特許料を納付しなければいけない。こんなふうに積み上げていくと,結局,特許の出願から権利を取得して権利を維持するのに必要な費用は,だいたい1件あたり80万から100万円といったところかな。

S:僕個人じゃ,そんなに出せないよ。

弁理士:確かにそう思えるかも知れないね。だけど,特許がとれて君のすごいソフトウエアを独占的に販売できるようになったとしたら,安い投資じゃないかな。それに,もし他人に特許を取られてしまったら,君のソフトウエアが特許権を侵害しているということになって,製造販売できないばかりか,損害賠償を支払わなければならなくなる可能性もある。大ダメージだ。

S:悩ましいなあ。

弁理士:こういう戦略もある。特許を出願して,商品のパッケージや広告に「特許出願中」と書いておくのさ。一般の人には,特別な商品に見えるだろうし,銀行や株主には,知的財産保護に積極的だと評価されるだろうから,それなりの宣伝効果がある。ライバル会社をけん制することもできるだろう。

S:それなら特許出願費用として最初に支払う35万から40万円くらいですむってことだね。

弁理士:そのとおり。このあたりはよく考えた方がいいと思うよ。

S:了解。それで,審査請求をしたら,どれくらいの期間で特許になるんだい?

弁理士:最近特にソフトウエア関連の出願が増えているからなあ。1年半から2年はかかるんじゃないかな。特許庁で審査が追いつかず,他の分野より遅れているんだ。

S:そんなにかかるのか。それで,特許になったらどれくらいもうかるんだい?

弁理士:君自身がソフトウエアを売って稼ぐお金以外で言うと,君の特許を使った製品を製造販売する企業(あるいは個人)が現れることが必要だ。ライセンス契約で決めることになるから,いちがいには言えないけど,その企業が君の特許を使ってあげた利益の3%から10%くらいもらえるケースもあるみたいだね。特許権を丸ごと買ってもらえるケースもある。その場合は,最低でも特許取得にかかった費用以上の請求はできるだろうね。

S:特許権を丸ごと売ってしまったら,大当たりしたときに大損をした気分になりそうだ。

弁理士:そこは戦略だね。ライセンス契約だけでは,特許取得にかかった費用も賄えない可能性がある。費用を着実に回収するか,一発大ホームランを狙うか。もちろん君は…。

Sと弁理士(同時に):後者だね(笑)。

「弁理士」ってどんな人?

試験に受かって資格を取得したばかりの経験のない弁理士は,特許事務所に就職し,少なくとも3年は特許明細書の作成や,審査・審判・裁判への対応を学びます。一通りの業務ができるようになれば,独立開業する道もあります。ただし,最近は弁理士の数も増えているので,独立開業はそれほど容易ではありません。勤務している特許事務所で実力が認められれば,その事務所のパートナ弁理士として経営に参画できるようになる場合もあります。そのほか,企業の知的財産部に就職するという道もあります。業績の厳しい企業であっても知的財産管理には力を入れていることが多く,弁理士の資格があれば就職が非常に有利になります。