読者の皆さん,こんにちは。弁理士の恩田です。このコラムでは「特許」をメインにした「知的財産権」にまつわる話題を,初めての人にもわかるようにやさしく説明していきます。今回は著作権について説明します。著作権という言葉自体は,皆さん比較的よく耳にするのではないかと思いますが,それってどんなもの,と聞かれるとちょっと困ってしまうのではないでしょうか。今回は,プログラムの著作権にまつわるお話です。

 ここは,窓から東京都庁の高層ビル群が臨める,とある特許事務所。ソフト会社に勤めているS氏は,昼休みを利用して,大学の同級生の弁理士のところに何やらだべりに来ています。

S:最近,おもしろいソフトを作ったんだ。ちょっと見てみてよ。

弁理士:仕事で毎日プログラムを書いているのに,趣味でまでプログラムを書くとは,君は本当にプログラミングが好きなんだねぇ。

S:(カバンからいそいそとノート・パソコンを取り出して,机の上でフタをあけつつ)君だって平日・休日の区別なく働いているじゃないか。お互いさまさっ。おっと,パソコンが立ち上がったぞ。で,こいつを起動させてと…。

弁理士:相変わらずだなあ。

S:(ノート・パソコンを弁理士の方に向けて)よし,じゃ,ここをクリックしてみな。

弁理士:どれどれ,住宅間取り自動作成ソフト?

S:ここに君の希望のプランを入れるんだ。あ,わざわざ打ち込まなくても,GUI(グラフィカル・ユーザー・インタフェース)でどんどん選んでいったらいいから。

弁理士:なるほど,これは楽だな。

S:そうだろう。でも最近,パソコンは何でもGUIベースでできちゃうから,コマンドラインも知らない新人とかが入ってきちゃってさ。

弁理士:まあ,それも時代のすう勢というもんだよ。GUIの方が楽でいいじゃないか。画面をぱっと見ただけで,おおよその使い方が見当つくし…。

著作権侵害と訴えたが…

S:それはそうだけど。でも,GUIを作るのも結構大変なんだぜ。コーディングよりも,設計っていうか,デザインの話さ。できるだけ使いやすくするにはどうすればいいかってのは,ソフトウエア・エンジニア共通の悩みだよ。せっかくいい機能を用意しても,ユーザーから使いにくいって言われたら終わりだもんなあ。ちょっと待てよ…。そう言えば最近,GUI画面にからんで,何か裁判が起こってなかったっけ。

弁理士:ソフト・ベンダーのサイボウズ(http://cybozu.co.jp/)が,ネオジャパン(http://www.neo.co.jp/)を訴えた件だね。ネオジャパンが開発・販売しているグループウエア・ソフトiOfficeのGUI,具体的には操作画面のデザインや,画面から画面へと移り変わる際の構成が,サイボウズOfficeを模倣しているんじゃないか,ってわけさ。

S:う~ん,微妙なところだねえ。GUIにただ一つの“正解”は存在しないっていうのは大方が認めるところだろうけど,アプリケーションの機能が似ていれば,マネをするつもりがなくてもGUIが似てしまうっていうのもあると思うんだ。

弁理士:なるほどね。

S:その二つのソフトはどんな機能を持っているんだい。

弁理士:Webブラウザから利用するスケジュール共有や掲示板などの機能を備えているみたいだよ。

S:グループウエアとしては基本的なものだね。裁判の経緯について教えてくれないか。

弁理士:いいだろう。サイボウズが東京地方裁判所に,ネオジャパンのiOfficeバージョン2.43とiOfficeV3の頒布や使用許諾の差し止めを求める仮処分の申し立てをしたのは2001年1月。両製品がサイボウズOfficeシリーズの著作権を侵害しているというのがその理由だ。そして,2001年6月にiOfficeバージョン2.43については頒布や使用許諾の差し止めを認める仮処分決定が下ったんだ。

S:iOfficeV3についてはどうだったの?

弁理士:裁判所は著作権を侵害しているとは認めなかったんだ。

S:ふ~ん,それで。

弁理士:そこでサイボウズは2001年8月,両製品の頒布や使用許諾の差し止めなどを求める訴訟を東京地方裁判所に提起した。そして東京地方裁判所は2002年9月5日に判決を下した。サイボウズの請求を棄却,すなわちネオジャパンの両製品に著作権侵害は認められないと判断したんだ。ただし,サイボウズは判決を不服として東京高等裁判所に控訴したようだから,今後どう判断されるかが注目だね。

S:東京地方裁判所がサイボウズの請求を棄却した理由は何なの?

弁理士:両社のソフトの表示画面で共通する点は「ソフトウエアの機能に伴う当然の構成」であるか「同種のソフトウエアにおいて見られるありふれた構成」であって,「表現上の創作的特徴が共通することを認めることは出来ない」ということなんだ。

著作権は独創的な表現を保護するためのもの

S:…もう少し,日本語で言ってくれないかな。

弁理士:両ソフトの表示画面の類似点は,ソフトウエアの機能が似ている以上当然なものであるか,または一般的な掲示板,システム手帳や同種のソフトウエアに見られるありふれたもので,画面表示の方法が似ているからといって,サイボウズのソフトをネオジャパンが複製・翻案したとはいえないと判断したんだ。

S:ありふれた画面デザインには著作権はないってこと? 著作権って,音楽,写真,本,映画なんかに認められているヤツだよね。ソフトウエアを無断でコピーするのも違法だよな。コンピュータ・プログラムについての著作権について,もう少し教えてくれないか。

弁理士:著作権は,思想や感情を創作的に表現した「著作物」の作者(著作者)に与えられる権利なんだ。著作物とは,文芸,学術,美術,音楽の範囲に属するものをいうんだ。具体的には,講演,論文,小説,音楽,舞踊,絵画,彫刻,映画,写真,プログラム,データベースなんかが該当する。権利の期間が,著作者の死後50年間と非常に長いのが特徴だね。

S:著作権法で言うプログラムって,どんなものを指すんだい?

弁理士:著作権法では,プログラムを「電子計算機(コンピュータ)を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(2条1項10号の2)と定義している。ちなみに,プログラムの設計過程で作られる,システム設計書,フローチャート,取り扱い説明書などは言語・図形の著作物として保護される。

S:…。う~ん,聞くんじゃなかったな。ま,いいや。著作権法でプログラムを保護する理由は?

弁理士:コンピュータ・プログラムの開発にはコストがかかる半面,コピーが極めて簡単だ。先行投資者の開発利益を保護する必要があるという判断だね。あと,プログラムを著作権法で保護することにより重複投資を防いで,流通を促進させることが社会経済上有益だという理屈もある。

S:サイボウズOfficeのGUIだってプログラムだろ。思ったよりも著作権で保護される範囲は狭いんだなあ。

弁理士:著作権法は,独創的な表現を保護するものだから,権利保護には限界があると言わざるを得ないね。

S:なるほど。なんでもかんでも著作権法で保護すると,かえって社会の進歩や経済活動を阻害することになりかねないってのもあるんだろうね。

著作権ではアイデアを保護できない

S:著作権を得るためには登録しなきゃいけないんだろ?

弁理士:いや。著作権は創作された時点で自動的に発生する権利だから,申請や登録は特に必要ないんだ。でもそれだけに,侵害訴訟が起こった場合,事実関係を客観的に証明することはすごく難しくなる可能性がある。

S:僕が作ったプログラムが真似されないようにするにはどうすればいいんだろう?

弁理士:財団法人ソフトウェア情報センター(SOFTIC,http://www.softic.or.jp/)がやっているコンピュータ・プログラムの登録制度を使うのをお勧めするね。SOFTICはプログラムの著作物の登録事務を扱う唯一の機関なんだ。ちなみに,プログラム以外の著作物は文化庁で登録することになっている。

S:どうやって登録申請をすればいいんだい?

弁理士:基本的には,プログラムの印刷物(ソースまたはオブジェクトコード)をマイクロフィッシュ(ネガのようなもの)に焼き付けしたうえで,必要な書類を添付してSOFTICに送付すればいいんだよ。プログラムの著作権登録には,(1)創作年月日の登録,(2)第一発行(公表)年月日の登録,(3)実名の登録,(4)著作権の登録(権利の移転の場合等に行う登録)の四つが必要になる。弁理士や弁護士に申請の代理を依頼することも可能だから,そのときになったら格安で代行してあげるよ。

S:さっき,君が「権利保護には限界がある」って言ったのが気になってるんだけどね。せっかく手続きをしてもムダになったりしないかい。

弁理士:確かに著作権法は,表現の背後にあるアイデア(技術的な思想)の部分を保護することはできない。そこで,アイデアを保護しようというのが特許法なんだ。プログラムの場合だったら一般に,ソフトウエア特許だとか,ビジネスモデル特許と言われるものだ。

S:そういえばビジネスモデル特許というのは聞いたことがあるな。君の専門だろ?

弁理士:そうだね。ビジネスのやり方について認められる特許なんだけど,基本的にはコンピュータを使用した情報処理システムや制御方法に認められる特許なんだ。

S:著作権と特許はどこが違うんだい?

弁理士:特許は出願をして審査されないと権利が成立しないんだ。それから,権利の期間は,出願の日から20年と短い。でも,権利の範囲を文章で表現するから,ほかの人が多少デザインを変更して出してきたときに,特許権を侵害していると言うことができる。競合他社がまねしそうな形態をあらかじめ予想して特許出願をしておくといった戦略も立てられる。その点で,著作権より保護範囲が広いと言えるね。ところで昼休みの残り時間も押してきたし,今日はこのぐらいにしておこうか。

S:ああっ,また昼ご飯食べそこねた~!

「弁理士」ってどんな人?

 現在,弁理士の登録人数は約5000人です。弁理士になるためには,国家試験に合格しなければなりません。試験は,短答式試験(5月,マークシート式),論文試験(7月),口述試験(10月)があり,すべてに合格する必要があります。試験資格は特にありません。2002年は約7000人の志願者に対して,466人が合格しました。論文試験では,(1)特許法・実用新案法,(2)意匠法,(3)商標法の必須科目と,機械工学,物理工学,情報通信工学などから成る選択科目があります。ただし,修士・博士の学位取得者,技術士,電気主任技術者(第一種,第二種),情報処理技術者,電気通信主任技術者,行政書士などの資格がある場合は選択科目が免除されます。