「いつまでも仕様が決まらない」
「納期に間に合うのかどうかわからない」
「開発チームの進ちょくがつかめない」
「開発メンバーが突然異動になっても対応できない」
「効率の悪いプログラムを作っても直す時間がない」

――こういった“不安”を,いま多くのソフトウエア開発者が切実に感じているのではないだろうか。

 2003年4月9日~5月1日までの約1カ月間,全国6カ所で「日本全国XPセミナー(通称:XPアンギャ)」というイベントが行われた。短期間に高品質のソフトウエアを開発しようという開発方法論XP(Extreme Programming:エクストリーム・プログラミング)の普及と啓もうを目的にしたセミナーである。主催は,永和システムマネジメント(本社:福井県福井市)の社員有志で構成するオブジェクト倶楽部。オブジェクト指向技術の実践/研究/発表を行うグループである。冒頭に挙げた不安は,このXPアンギャに参加したソフトウエア開発者たちが共通して発した“現場の声”だ。

 同セミナーを企画したのは,XPの専門家として知られる永和システムマネジメント,ネクストテクノロジの平鍋健児マネジャー,天野勝ソフトウェア開発コンサルタント,北野弘治チーフコンサルタントの3人。背景には「XPは,開発現場が抱える不安を解決する可能性を持っているのに,過激な方法論というイメージが先行してなかなか普及していない」(平鍋氏)という思いがある。そこで平鍋氏は「XPについての正しい知識を提供し,プロジェクトへの導入可能性を,現場の開発者に判断してもらうような草の根的活動が大切と思い,本セミナーを企画した」と話す。

 特に地方開催にはこだわった。「地方の開発者は,東京や大阪などの大都市で行われるイベントに参加しにくい。できるだけ地方の開発者が参加しやすい場所で開催したい」と,会場を提供してくれる企業(ホスト企業)をメーリング・リストなどで募集したところ,10社近くから応募があったという。そのうち条件に合った仙台(東北リコー),福岡(エイビスシステムソリューション中央電子),札幌(ブリッジ),京都(オムロンソフトウェア),浜松(アルモニコス),福井(福井コンピュータ)の6カ所7社(開催順)を選出。仙台を皮切りにXP行脚(アンギャ)をスタートした。

 セミナーは各地域でそれぞれ2日間ずつ,“参加費無料”で開講。ホスト企業の社員のほか,セミナーの情報を聞きつけた各地域のソフトウエア技術者やユーザー企業の人間も参加し,「各セミナーで30~50人くらい。延べ200人以上の参加者を集めた」(平鍋氏)。初日は講義形式を中心に,2日目はXPのプラクティス(実践項目)を参加者が体験するワークショップ形式で実施。初日の講義では,XPの最新プラクティス(実践項目)の解説,事例の紹介,導入するにあたっての課題/解決法などの解説を行った。また,2人のプログラマが共同でプログラムを開発するプラクティス「ペア・プログラミング」を体験するため,ペア・ドローと呼ぶゲームを実施。参加者にコミュニケーションの重要性を呼びかけた。

 2日目は「計画ゲーム」と「TDD(テスト駆動開発:Test Driven Development)」という二つのプラクティスを,デモを交えて実際に行うワークショップを実施。最初に,参加者を複数の開発チームに分け,顧客に扮(ふん)した参加者の要求(ストーリー)を開発作業(タスク)に分割して実装する「計画ゲーム」を模擬体験した。題材は,ソフトウエア開発ではなく“ガーデニング”に設定した。「ガーデニングはあくまで比ゆ。顧客の要求する仕様や予算をいかに具体的に反映させていくか,顧客と開発者がチームとして活動することがいかに重要なのかを理解してもらうため」(天野氏)である。顧客の要求にしたがって庭を“設計”し,庭のジオラマを工作(開発)してチームごとにその出来栄えを評価し合った。

 TDDのワークショップでは,テストを最初に行うテスト・ファーストとペア・プログラミングを実施。二人一組でペアを組み,1台のパソコンに向かって協力しながらJavaのサンプル・プログラムをコーディングした。「参加者によってJavaプログラミングのスキルがバラバラなので,プログラムを動かせるようになるまでが大変だった」(北野氏)という苦労はあったものの,「JUnitのようなテスティング・ツールを初めて使う人も多く,具体的な操作や使い方で活発に質問が出た」(北野氏)。実際アンケートをとったところ,初日の講義より,2日目のワークショップに対する評価が高かったという。

 セミナー参加者に共通していたのは,仕様が不安定という現場の不安である。しかし「XPを,実際に体験できて良かった」「さっそくできるところから実践してみたい」という参加者のアンケート結果から,3人の講師にも確かな手ごたえがあったようだ。「当初は,ホスト企業が集まるかどうか不安だった。しかし,ふたを開けてみればホスト企業は7社,200人以上の参加者も集めた。予想以上だった」(平鍋氏)。2日間の間には,各地で懇親会も催された。講師と参加者の間で,本音の“熱い”議論ができたという。「どうやったらXPを導入できるのか,自分たちの仕事ではどう応用すればいいのかといった実践的な質問や意見が活発に出た」(北野氏)。平鍋氏は今後の課題として「XPというムーブメントをソフトウエア産業全体に広めていくには,これからは現場だけでなく,管理職や経営層に積極的にアピールしなければならない」と話す。

 オブジェクト倶楽部では,今後も草の根的なXP啓もう活動を継続して行う予定だ。まず,今回のXPアンギャで使用した資料を東京で配布するイベントを永和システムマネジメントの東京事務所において開催する。日時は5月29日,6月5日,6月12日の18時30分から。配布だけでなく,XPについての座談会も実施する(詳細は,事務局h-haneda@esm.co.jpへ)。

 また,今回あえて開催地から外した東京圏の開発者のために,ホスト企業が決まり次第,東京においてもXPアンギャと同じ内容のセミナーを開く予定。さらに「2003年冬までには,XPアンギャの第二弾を実施したい」(天野勝氏)ということなので,XPを直接体験したい開発者は,今から上司を説得してホスト企業に名乗りを上げてみてはいかがだろうか。

(真島 馨=日経ソフトウエア)

(写真:オブジェクト倶楽部,真島)