企業内ポータルという言葉をよく聞くようになった。その実体は,業務アプリケーションなどを個人ごとにカスタマイズして使えるようにし,使い勝手のよいユーザー・インタフェースを提供することだ。2社の事例を基に,企業内ポータルの実際とメリットを探った。

 企業内ポータル(EIP:Enterprise Information Portal)といった業界用語を,米IBMや米Microsoftをはじめ,ベンダー各社がこぞって提唱し始めた*1。企業内ポータルとは,企業内外に存在するデータやアプリケーションに,ユーザーがアクセスする際の入り口(ポータル)サイトを作る,というアイデアである。

 ベンダー各社は,こうしたシステムを構築するための製品を相次いで提供してきている。ただ,製品のユーザーはまだほとんどいない。一方では,企業内ポータルの考えを,先行して実践している企業もある。その事例から,適用して効果があるケースやそのメリットも見えてきた。

図1●企業内ポータルは社内情報システムの使い勝手をよくする
企業内ポータルを導入すれば,社内システムを個人や所属部署ごとにカスタマイズして使えるようになり,必要なデータを探す時間やアプリケーションの操作にかかる時間を短くできる

 例えば建材メーカーのINAXでは,ポータルを導入してからアプリケーションの操作性が向上し,忙しい営業スタッフでも簡単に操作できるようになった。その結果,「従来は1割の営業スタッフしか直接アプリケーションを操作していなかったが,ポータルを導入してから7割の営業スタッフが直接アプリケーションを利用するようになった*2」(経営管理統括部情報システム部企画開発グループ課長の坪井祐司氏)。

 プリンタ,パソコンなどのメーカーであるセイコーエプソンは,社内の情報共有のために立ち上げていたイントラネットをポータル・サイトとしてリニューアルしたところ,アクセス数が1.5倍に増えた。

 これらは当初からポータルの導入を目指していたわけではない。既存システムを改善していった結果,企業内ポータルの概念と共通する機能を提供するに至ったわけだ。

アプリケーションを使いやすくする

 企業内ポータルの実装は,ユーザー・インタフェースとしてWWWブラウザを想定している。WWWブラウザから必要なデータすべてにアクセスでき,必要なアプリケーションがすべて呼び出せるユーザー・インタフェースの提供を指している。

 これは一見,WWWサイトへのリンクを集めたHTMLページや,URLを登録できるWWWブラウザの機能*3,と同様に思える。単なるリンク集やURL登録機能との違いは,業務アプリケーションを個人ごとにカスタマイズして提供できる点だ(図1[拡大表示])。これにより,(1)複数のアプリケーションをWWWブラウザだけで操作できる,(2)ログイン回数は最初の1回だけでよくなる,(3)検索の操作がないため,見たい情報が即座に手に入る,(4)特定個人が業務上関係ないデータは未然に除去できる,などのメリットがある。

 では,これら2社の事例を具体的に見てみよう。

「1クリックでデータがほしい」

図2●INAXが構築したポータル・サイト「e-SITE」
データ・ウエアハウスのデータ検索用ユーザー・インタフェースにポータルの考え方を導入した。利用者はあらかじめ担当する業務を設定することで,担当する製品の売上データなどを1回のマウス操作で取り出せるようになった。担当外のデータは表示されないので,業務上の判断が速やかに行える

 INAXは,営業スタッフ向けに店舗別売上情報や受注明細情報などを格納したデータ・ウエアハウス(DWH)を構築している。2000年4月,そのDWHを検索するための入り口に当たるポータル・サイト「e-SITE」を構築した(図2[拡大表示])。

 e-SITEを構築する以前は,ExcelやWWWブラウザを利用したシステムを用意していた。ただ,メニューが多く,かつメニューの階層も深かったため,営業スタッフが直接操作するには負担が大きかった。「売上情報」だけでも,セラミックの売り上げや住宅建材の売り上げなど複数あり,その中から必要な情報を抜き出す操作をユーザーに求めていた。使い勝手を良くするために機能を増やしていった結果,逆に使い勝手を悪化させてしまった。

 アプリケーションの機能強化に関するヒアリングを行ったところ,ある営業スタッフから「何か違う」という漠然とした発言があった。その営業スタッフととことん話し合った結果,忙しい営業スタッフが直接使えるユーザー・インタフェースになっていないことが原因だと分かってきた。必要なデータを取り出すことはできる。しかし,そのためにはマウスで何回もメニューやボタンを操作する必要がある。1回のマウス操作で必要な情報が取り出せないだろうか。そのような仕組みを考えていった結果,e-SITEにたどり着いた。

不要な情報は表示しない

 e-SITEを利用する営業スタッフは,あらかじめ個人ごとに担当する業務内容を画面上で設定しておく。アプリケーションの各機能は,個人ごとの登録情報を参照して表示するデータ内容などを決定する。e-SITEにログインすると,最新の販促活動の案内や,どのデータが最近更新されたのか,といったお知らせも確認できる。

 現在の営業成績などは,1回のマウス操作で取り出せる。しかもこれらの情報は,あらかじめ登録した担当業務に即した情報だけが表示されており,重要な情報を見逃す可能性が低い。また,余計なデータがあらかじめ除外されているため,ビジネス上の判断も速やかに行える。同じメニューを選択しても,担当する業務によって,表示する内容が個人ごとに異なる。

イントラネットが使われない

 一方,セイコーエプソンの抱えていた課題は,「イントラネットを構築しているものの情報共有が活性化していない」(ECシステム技術開発部主任の中村剣氏)ことであった。

 1997年から社内の情報共有化活動を実施してイントラネット「Symphony」を開設していた。その中で,社員向けに簡単に情報公開できるインフラを構築しているにもかかわらず,情報公開に消極的な部門が少なくなかった。原因を探ってみると,情報公開に対する考え方の問題もあるが,インフラにも問題があることが分かった。

 まず,Symphonyのトップ・ページは,各部門のWWWサーバーへの単なるリンク集に過ぎなかった。これでは,どんな情報が公開されているのか分からないし,情報が更新されたかどうかも分からない。さらに,各部門のサーバーで認証を求められることが多く,異なるサーバーにアクセスするたびにログインが要求されるなどの使いにくい面もあった。

ポータル導入でアクセス数が増加

図3●セイコーエプソンが構築したポータル・サイト「Symphony2」
企業内ポータルを導入することで,社員向けのWWWサイトが使いやすくなり,情報共有が活性化した。個人情報やWWWコンテンツを一元管理したことで,閲覧可能で興味のある情報だけが表示され,従来必要だったサイトごとの認証が不要になった。また,コンテンツの更新情報を興味のある利用者にメールで通知できるようになった

 このような使いにくさを解消するために,イントラネットを企業内ポータル・サイト「Symphony2」として2000年2月にリニューアルした。

 Symphony2に追加した機能は,(1)個人ごとにカスタマイズしたトップ・ページを提供する「マイスタートページ」,(2)データが更新されたことを知らせる「コンテンツの更新通知案内」,(3)社内のコンテンツを一元管理する「コンテンツ管理機能」,(4)業務に役立ちそうなインターネット上のコンテンツやメーリング・リストなどを整理した「外部コンテンツ」,などだ。これらの機能追加を行った結果,リニューアル後のアクセス数はリニューアル前の1.5倍に増加した。

 Symphony2は,米Lotus Developmentのグループウエア「ドミノ」と,米IBMのWebアプリケーション・サーバー「WebSphere」で構築した(図3[拡大表示])。ドミノには個人が登録した情報などを格納したデータベースや,社内のコンテンツを管理するデータベースなどがある。Symphony2にログインするとJavaサーブレットが稼働し,ドミノの個人情報DBとコンテンツDBを参照し,個人ごとにカスタマイズしたHTMLページを生成してクライアントに返す。コンテンツのアクセス制御リストなどもドミノのコンテンツDBで一元管理されているため,従来必要だったWWWサイトごとの認証を一元化できるようになった。

 さらに,ドミノの中でストアド・プロシージャのように動くJavaアプリケーション*4が,コンテンツDBが更新されたことを個人情報DBの内容に基づいて興味のあるユーザーにメールで通知する。個人ごとに興味のある情報を表示するだけでなく,興味のある情報が更新されたことも通知されるようになった。

ツール利用は必要性を見極めてから

表1●主な企業内ポータル構築ソフトウエア

 企業内ポータルを構築するには,まず,既存アプリケーションをWWW対応にし,認証処理を一元化しなければならない。その上で個人情報を登録する機能や管理する仕組み,個人情報に基づいてHTMLページを作成する機能が必要になる。

 その構築を支援するツールをベンダー各社が提供している(表1[拡大表示])。マイクロソフトやロータスは,それぞれが提供するグループウエア製品にポータル機能を強化するためのコンポーネントを無償で提供している。両社のグループウエアを導入している企業であれば,無償で企業内ポータルを構築するツールを入手できる。

 一方,日本アイオナテクノロジーズや日本ティブコソフトウェアの製品は,アプリケーションを統合するEAI機能を提供し,様々なアプリケーションを企業内ポータルに接続しやすくする。

 ただ,前述のユーザーのように,ツール無しでも企業内ポータルは構築できる。やりたいこととツールの機能を比較,吟味して製品を選ぶべきである。

(松山 貴之=matsuyam@nikkeibp.co.jp)