ASP(Application Service Provider)事業に参入する企業が相次いでいる。ユーザー企業にとってASPは,アプリケーションの価格を下げ,導入期間を短くする,というメリットがある。逆にデメリットは,アプリケーションの機能追加が制限され,独自に機能拡張を行うにしてもSI業者が限定される。ベンダーに囲い込まれる可能性が高い。

写真1●独SAPのmySAP.com Workplaceの画面例
統合業務パッケージ・ベンダーのSAPは,インターネットを活用した新戦略「mySAP.com」の中にASPを組み入れた。写真は,mySAP.comの利用画面に当たるWorkplaceの画面
表1●主なASPサービス業者とサービス内容

 SAPジャパンは1999年10月,新戦略「mySAP.com」(写真1[拡大表示])を発表,日本で新たな事業を始める。日本オラクルは1999年12月,同社の統合業務パッケージ「Oracle Applications」のパートナーと共同で新事業を始めると発表した。これらの企業が始める新事業のキーワードは「ASP(Application Service Provider)」である。

ERPやグループウエアで適用進む

 ASPとは,ハードウエアやソフトウエア,さらにそれらの上で稼働するアプリケーションを利用者にレンタルするサービス。従来のように自社購入する方法に比べ,安価にアプリケーションの導入が可能になる。また,ASP事業者がいつでもアプリケーションを利用できる状態にしておくため,ユーザー企業はすぐにアプリケーションを使うことができる。ASP事業者にとっては,毎月安定した収入が得られるだけでなく,より多くの顧客に接するきっかけになる。ASPに参入する企業は相次いでいる(表1[拡大表示])。

 先のmySAP.comでも,SAPのERPパッケージ「R/3」のASPをメニューにそろえる。mySAP.com自体は,R/3の拡販戦略で,企業間の電子取引のWWWサイト「Marketplace」を提供し,同社の統合業務パッケージ「R/3」ユーザー間でのシームレスなデータ連携を可能にするサービスである。R/3を導入していないユーザー企業のためにASPを立ち上げ,Marketplaceへの参加を促す。ASP事業者として,日立製作所とNTTコミュニケーションズが名乗りをあげている*1

 日本オラクルも,ERPパッケージ「Oracle Applications」を中小企業に普及させるため,パートナと協力してASP事業を行う。富士通ビジネスシステム(FJB)のASP「WebOffice」は,97年10月からサービスを始めすでに約100社の顧客がいる。WebOfficeの提供するアプリケーションは,電子掲示板などのグループウエアである。

 これらの例のように,導入コストが高いパッケージや大規模ユーザーを対象とするようなパッケージでASPとしてのサービス提供が進みつつある。

 典型的なASPサービスの利用形態は,次のようになる。システムのユーザー・インタフェースはWWWブラウザである*2。サーバー環境は自社で保有せず,インターネットを経由してASP事業者が管理しているサーバーを利用する。アプリケーションの利用料は定額か従量制で支払う。初期投資額は安い。ただし,アプリケーションの機能を自社用にカスタマイズしたり,機能拡張することはできない*3


図1●ASPとアウトソーシングの違い
違いは2点。アウトソーシングはユーザー企業ごとにアプリケーションを運用管理するが,ASPは複数のユーザー企業が同一アプリケーションを利用する。また,ハードウエアやソフトウエアのライセンスは,アウトソーシングの場合はユーザー企業が保有するが,ASPの場合はASP事業者がライセンスを保有し,ユーザー企業にレンタルする

アウトソーシングとの違いは2点

 ASPに似たサービスに,アウトソーシングがある。アプリケーションの運用代行を行うアウトソーシングとASPの違いは,大きく2点ある(図1[拡大表示])。アウトソーシングは,ユーザー企業ごとの運用管理を代行するサービスなので,A社用のアプリケーションとB社用のアプリケーションはそれぞれ個別に管理する。一方のASPは,1つのアプリケーションを複数のユーザー企業で共同利用する。

 もう一つの違いは,パッケージ製品などのライセンス保有者である。アウトソーシングは,ユーザー企業の運用代行サービスであるため,一般にはライセンスはユーザー企業が保有する。一方のASPは,ASP事業者がライセンスを保有する。ユーザー企業は,パッケージ製品ベンダーなどと契約を結ばず,ASP事業社との間でレンタル契約を結ぶ。ユーザー企業にとっては,システムを資産化する必要が無く,原価消却する必要も無い。

「いつでもやめられる」

 ASPのメリットとデメリットを図2[拡大表示]にまとめた。主なメリットは,コストと導入期間である。まずはASPのメリットを,実際に導入しているユーザー企業の事例を通して説明しよう。

 電気設備機器の卸会社である日本電商は,FJBのASPサービスWebOfficeで,電子メールや電子掲示板を利用している。導入の決め手になったのは,初期投資額の安さだ。電子メールや電子掲示板は便利な機能であるが,「どれくらい効果があるのかも分からないため,高い費用をかけられない」(日本電商 取締役総務部長の綾康夫氏)と悩んでいた。そのようなタイミングで,FJBがWebOfficeを勧めた。高額な初期投資が不要な上,毎月サービス内容に応じて一定額を支払えばよいWebOfficeは,同社にとって魅力的なサービスであった。初期投資額は83万円。毎月の利用料は,FJBに対して7万円,ネットワーク代が約3万円である。自社購入で実現する場合をFJBに試算してもらったところ,初期投資に約1500万円かかるという(図3[拡大表示])。

図2●ASPのメリットとデメリット
ハードウエアやソフトウエアを購入せず,アプリケーションをレンタルするASPは,コスト面でのメリットが一番大きい。デメリットは,自社独自の機能拡張が許されないことと,WANを利用するため通信コストの負担が大きいことなどである

 産業用ガスの専門商社である日酸商事は,営業部門が中心になってWebOfficeの利用を決めた。導入の決め手になったのは,「いつでもやめられる」(日酸商事 営業本部営業部部長の武藤健史氏)ためである。初期投資額が安く,自社にシステム要員を置く必要が無いため,効果が無いと判断できればすぐにやめることができる。

手が届かないアプリが利用可能に

 データ・ウエアハウス関連製品のソフトウエア・ベンダー,米Sagent Technologyは,米Siebel SystemsのCRM(Customer Relationship Management)パッケージをASPで利用している。利用者の数は約20人。Siebel Systemsのパッケージは大企業をターゲットにしているため,中小企業で利用するにはコスト負担が大きく,導入は難しかった。ASPを活用することで,大きな初期投資をすることなく,大企業向けの高機能なアプリーションが利用できるようになった。

 IT(情報技術)のプロが運用管理を行うため,自社で行うよりも十分なトラブル対策や災害対策が期待できる。また,アプリケーションの機能拡張もプロが行うため,最新技術が導入しやすい。これらもASPのメリットである。

 居酒屋チェーンの北の家族は,ジャストプランニングのASPサービス「まかせてネット」を利用し,店舗管理を行っている。従来は,自社でハードウエアを購入し,経理の担当者が片手間にメンテナンスを行っていた。しかし店舗数はどんどん増えるため負担は増すばかりである。また,システムの利用者からは機能拡張を求められ,社内で維持するのが難しくなっていた。社内で専門の人材を育成することも考えたが,「どんどん出てくる新しい技術を身に付けるためには高額な教育費が必要」(北の家族 取締役経営企画室・管理本部担当の大村修氏)であるし,辞めてしまったらそれまでの投資は無駄になってしまう。ASPを活用すれば,ITのプロが運用し,最新機能の導入も速やかに行ってくれると期待した。

図3●ASPと自社購入の場合のコスト比較(FJBのWebOfficeを使った日本電商の場合)
FJBのASPサービス「WebOffice」で電子メールと電子掲示板機能を利用した場合,初期費用83万円で毎月10万円かかる。一方,同一機能を自社購入で実現する場合,初期費用が約1500万円になると推定した。自社購入であれば柔軟に機能拡張できるが,初期投資額が負担になる

データが人質になる

 このようなメリットがあるASPであるが,もちろんデメリットもある。一つ目は,アプリケーションの機能をそのまま使わなければならない点だ。単一のアプリケーションを複数のユーザー企業で共同運用するため,1社だけの機能変更や機能拡張は許されない。アプリケーションの機能に合わせて,自社業務を変更することも必要になる。アプリケーションのレスポンスが悪くても,ユーザー企業が直接手を加えられない,という点も問題だ*4

 通信コストの負担が大きいこともデメリットの一つ。特に1拠点しかない企業の場合,自社内にサーバーがあれば通信コストはかからない。しかしASPを利用すれば,1拠点であってもASP事業者間をネットワークで結ぶため,通信コストが発生してしまう。

 そして最大の懸念は,ASP事業者に囲い込まれてしまう点だ。アプリケーションを利用して蓄えた自社のデータが,自社で自由に利用できない。例えば,業務系システムをASPで利用していたとする。蓄えたデータでデータ・ウエアハウスを構築し,意思決定に利用したいと考えても,データはASP事業者のシステム内にあり,サービス内容の範囲でしか自由度はない。ASPで利用しているアプリケーションからデータをCSV形式などでデータをエクスポートする機能もあるが,自社内のデータ・ウエアハウスとデータ連携することは実質的に不可能だ*5

 ASPのデータを活用するシステム構築を依頼するにしても,業者はASP事業者かその関連会社に絞られるだろう。運用を依頼する場合では,間違いなくASP事業者になる。安易にASPを利用すると,自社の情報システムはASP事業者に囲い込まれてしまうのである。ASPは初期投資が安いため利用への垣根は低いが,使い続けるほど自前のシステムに戻ることは難しくなる。

(松山 貴之=matsuyam@nikkeibp.co.jp