図4-1●家庭ネットワークのTCP/IP化
現在,家庭内で構築したネットワークに参加できる機器は,大きく三つのグループに分けられる。(1)すでにTCP/IPを搭載し,直接インターネットにつながる機器,(2)まだTCP/IPを採用していないが,性能的にはすぐにでも採用可能な機器,(3)現状では性能不足でTCP/IPは使えない機器,という分類である。もし現状のままでお互いの機器をつなぐには,なんらかのプロトコル変換器(ゲートウエイ)が必要である。
図4-2●家電に載っているチップの性能
現在の家電に搭載されているプロセッサとメモリーの典型的な性能を示した。プロセッサについては,動作周波数を示した。必ずしも処理性能を反映しているとは限らないが,おおよその目安にはなる。メモリーについては,搭載されているRAM(ランダム・アクセス・メモリー)の容量を示した。

 TCP/IPがインターネット標準として制定されたのは1978年。今から22年も前のことである。だが,TCP/IPの進歩が止まったわけではない。年を追ってその利用者を増やしてきたTCP/IPであるが,これまでは人間が設定・操作するコンピュータ間での利用が中心だった。

 だが,これからはまったく新しい領域に踏み出すことになる。究極の姿は,あらゆる機器の中に組み込まれ,人間や別の機器からの指示を受けたり,人間や別の機器になんらかの情報を自発的に届けるための通信技術として利用されること。TCP/IPで通信するようにしておけば,相互接続に苦労することもないし,有線でも無線でも,どんなネットワークにも対応できる。アプリケーションの移植も簡単だ。

 ただし,さまざまな機器に入り込むには,生まれ変わらねばならない。

 方向は二つ。一つはTCP/IPスタックの革新。あらゆる機器で動作できるように,今よりずっと小さくする。

 もう一つはプロトコルの革新。どれほど多くの機器がつながっても相手を識別できるアドレス体系を取り込む。目の前にあるIPv6がそれである。

 以下では,もっとも身近な家庭ネットワークに目を向けて,TCP/IP化の現状と革新の実際を見ていこう。

TCP/IPネットへの参加資格:情報家電は今すぐOK,白物家電はまだ遠い

 まずは家庭内ネットワークの現状を確認しておく。家庭内ネットワークのTCP/IP対応状況は大きく次の三つに分かれる(図4-1[拡大表示])。

 第一は,すでにTCP/IPでネットワークを作っているもの。この代表例はパソコンLAN。ターミナル・アダプタやルーターとパソコンをつないだものだ。イーサネット以外にも,USBや無線で接続するケースもあるが,どれもTCP/IPで通信できる。

 第二は,ネットワーク化は始まっているがTCP/IPとは異なるプロトコルを使っているもの。「情報家電」で作るネットワークが該当する。情報家電とは,ディジタル・テレビやDVDプレーヤなど,ディジタル・データを扱う家電のことである。

 第三は,現時点でネットワーク化されていない電子機器のネットワーク。つまり,エアコンや電子レンジ,冷蔵庫,洗濯機などの機器で作るネットワークである。

リアルタイムOSがTCP/IP対応に

 ある電子機器がTCP/IPネットに参加できるかどうかは,その機器の情報処理性能に深く関係している。例えば,低価格の白物家電が搭載する4ビット・マイコンとか8ビット・マイコンではTCP/IP処理は難しい。

 情報処理能力は,搭載しているプロセッサとメモリーの性能で決まる。電化製品のほとんどは,プロセッサとメモリーを搭載しているが,その性能差はかなり大きい(図4-2[拡大表示])。

 一番高い性能を誇るのは,やはりパソコンである。低価格モデルでも動作周波数が500MHz以上のマイクロプロセッサと64Mバイト程度のメモリーを積んでいる。また,パソコン向けOSには,TCP/IPソフトが標準で組み込まれている。

 パソコンに続くのは,ディジタル・テレビ,DVDプレーヤ,ゲーム機などの情報家電である。カーナビも処理能力が高く,情報家電と同程度と見なせる。これらの機器は,10M~数百MHzで動作するプロセッサと,10M~50Mバイト程度のメモリーを内蔵している。

 高性能化が著しいのは携帯電話。最新機種なら情報家電クラスの処理能力を備えている。

 最近の情報家電や携帯電話は,リアルタイム OSと呼ばれる組み込み用基本ソフトを搭載する機種が多い。リアルタイムOSは,単位となる処理動作を一定時間内に終えるように設計されているので,リモコンを押すといった操作にすぐ応答できる特徴がある。また,比較的低コストのプロセッサや少量のメモリーでもきちんと動作する点も組み込み機器向きだ。

 リアルタイムOSには各種の通信機能を組み込むことができる。リアルタイムOSベンダーの中にはTCP/IPスタックを用意しているところも少なくない。このように,情報家電や携帯電話には今すぐにでもTCP/IPを搭載できる。

 電化製品の中で,性能がもっとも低いのは,白物家電を中心とした一般の家電である。

 組み込み機器,とりわけ家電は,もともとの使用目的に合わせて作られている。その意味で,汎用的に使えるパソコンと設計思想が違う。コストに敏感な一般の家電では,必要な性能以上のプロセッサやメモリーは搭載しない。「家電は商品企画が先にあり,それに合わせて商品を設計する」(松下電器産業)ためである。

 このような傾向から,一般の家電と,パソコンや情報家電の間には高いカベが存在するのは間違いない。ただし,逆にいうとTCP/IPを装備する必然性が生まれれば,すぐにでも搭載されることになる。実際,組み込み用TCP/IPスタックを開発しているアクセスでは,「具体的な時期はまだ見えていないが,白物家電にもいずれTCP/IPが搭載されるようになる」と見ている。処理能力の小さな電子機器でも動作できるように,TCP/IPスタックの改良を引き続き進めていく考えだ。