イーサネットは,10Mから100M,そして1Gビット/秒へと新しい規格が登場するたびに10倍ずつ伝送速度を向上させてきた。こう聞くと,1Gビット/秒という通信速度があっさり実現できているかのように思えるかもしれないが,話はそう簡単ではない。通信速度が速くなればなるほど,ケーブルで信号を送る場面での物理的な限界が近づき,技術的に乗り越えなければならないハードルは,どんどん高くなっていくからだ。

 しかし,ユーザーにしてみれば,これまで使ってきた100Mイーサネットの機器をギガビット・イーサネットの機器に置き換えるだけで移行したい。そうなると,100Mイーサネットで保証されていた100mのケーブル長のサポートは欠かせない条件だ。さらに,伝統的なイーサネットの通信方式であるCSMA/CD(シーエスエムエーシーディー)にも対応させる必要がある。そこで,ギガビット・イーサネットではさまざまな工夫をこらすことになる。

 この技術編では,こうした1Gビット伝送を実現するうえで立ちはだかる限界を知り,その限界を克服し,100Mイーサネットと同じように利用するための三つの技術的工夫――(1)CSMA/ CD方式のサポート,(2)伝送距離を延ばすための符号化技術,(3)10M/100Mイーサネットとの相互接続――をのぞいてみよう。

ギガで限界を迎えたCSMA/CD

 まず最初に,1Gビット/秒という速度がもたらす「CSMA/CD方式の限界」への対応から見ていこう。

 CSMA/CDというのは,イーサネットという規格が誕生した時から根幹となっている通信方式である。半2重で通信し,中継機器としてリピータを使うこの方式は,IEEE802.3の最初の規格である10BASE5(テンベースファイブ)が登場して以来,ずっと引き継がれてきた。LANスイッチを使った全2重通信が可能な10BASE-Tが登場した以降も同様である。まさに,イーサネットの代名詞ともいえる技術である。

 ところが,ギガビット・イーサネットで100Mイーサネットと同じ100mの伝送距離(ケーブル長)を確保しようとすると,最初に壁となって立ちはだかるのがこのCSMA/CDなのである。

 どうして1Gビット/秒だと限界がくるのか。さらに,どういう工夫でその限界を克服し,1000BASE-T規格でCSMA/CDをサポートしたのか。このしくみを探ってみよう。

最小フレーム・サイズが問題になる

 それを理解するためにはまず,CSMA/CDのしくみ自体を理解する必要がある。簡単に復習しておこう。

図3 イーサネットの伝統的な通信方式
「CSMA/CD」はギガビット・イーサネットではそのまま使えない

 CSMA/CDの基本は,「ケーブル上でほかの端末がデータ送信をしていなければ自分がデータを送信できる。そのとき,ほかの端末と送信が途中で衝突してしまったら,しばらく待ってから送り直す」というもの(図3[拡大表示])。このしくみが成り立つためには,ほかの端末の送信したデータと自分の送信データの衝突(コリジョン)を確実に検出できなければならない。

 2台の端末がつながるイーサネットでコリジョンを検出できるかどうかは,(1)2台の端末をつなぐケーブルの総延長と,(2)データの最小サイズ――で決まる。具体的に言うと,2台の端末間に複数のケーブルやリピータを挟んだ総延長が,最小サイズのフレームを送り終える前に2台の端末間を往復できる長さより短ければいい。LAN上のどこで信号の衝突が起こっても,自分がデータを送信し終わる前に衝突した信号が自分に届き,コリジョンを検出できるからだ。

 冒頭で述べたとおり,ギガビット・イーサネットでも100Mイーサネットと同じ100mの伝送距離,すなわち100mのUTPケーブル2本をリピータ・ハブ1台でつないだ総延長200mのLANを構築したい。さらに,イーサネットの場合,最小のフレーム・サイズは64バイト(512ビット)と決まっている。したがって,相手との間で信号が往復する時間はこの512ビットを送り終えるまでの時間以内である必要がある。

 ところがここで問題が生じる。512ビットを送り出す時間というのは,通信速度が速くなるほど短くなる。10Mビット/秒では51.2μマイクロ秒(1μは10の-6乗)だったのが,100Mでは5.12μ秒,1Gだと0.512μ秒になるのだ。

 UTPケーブル上を流れる電気信号は,真空中の光の速さ(1秒間に約30万km)の7割程度という非常に速いスピードで伝わるが,実際にはこれにLANアダプタ内部での信号処理の遅延やズレを考慮しなければならない。今仮に,この値が1台の機器当たり0.1μ秒だとしても,0.512μ秒で伝送できる距離は,往復で20数mほどになってしまう。つまり,ギガビット・イーサネットでCSMA/CDをそのまま実現しようとすると,100mの伝送距離は到底実現できなくなってしまうのだ。