1Gビット/秒というのはいったいどのくらいの速度なのかイメージできるだろうか。DVD品質で圧縮した2時間の映画を1分程度で送信できる。広辞苑の全データなら約4秒で送れる。1秒間で10の9乗ビット,つまり10億個の0と1の組み合わせを送れる途方もない速度なのである。これほどの速度で通信できるのがギガビット・イーサネットだ。

 ギガビット・イーサネットを導入するには,LANアダプタやLANスイッチなどの機器自体を新たに買う必要がある。ただし,ケーブルは基本的に既存のものをそのまま使えるため,配線のコストや手間で悩まされずに済むという大きなメリットがある。これは,10Mから100Mのイーサネットへの移行と同じパターン。既存のLANに,徐々にギガビット・イーサネット機器を導入していけるのである。このように現在の10M/100Mイーサネット環境との親和性を考えれば,次にくるLANの主役はギガビット・イーサネットをおいてほかにはない。

理解のポイントは七つ

 ギガビット・イーサネットを理解するために押さえておきたいポイントは大きく七つある。本記事ではこれらを基礎編,技術編の二つに分けて解説していく。

 基礎編ではまず,ギガビット・イーサネットにはどんな規格があり,どうやって1Gビット/秒のデータをケーブルに乗せて送信するのかというギガビット・イーサネットの全体像を押さえよう。ギガビット・イーサネットを知るうえで最低限これだけは理解しておきたい。

 次の技術編ではそこからもう一歩踏み込んで,1Gビット/秒の伝送速度を実現するうえで障害となるさまざまな限界や,それを克服するための技術的な工夫を探っていく。また,これらに加えて既存の10M/100Mイーサネットとの互換性を保つためのしくみも紹介する。この技術編を読むことでギガビット・イーサネットの本当の姿がはっきりと見えてくるはずだ。

4種類ある標準規格

 それでは,手始めにギガビット・イーサネットの規格の種類について知るところからはじめよう。イーサネットの標準規格は,IEEE(アイトリプルイー:米国電気電子技術者協会)の802委員会に設置された802.3(ハチマルニーテンサン)というワーキング・グループで仕様が決められている。現在主流のイーサネット規格である10BASE-T(テンベースティー)や100BASE-TX(ヒャクベースティーエックス)ももちろんこのIEEE802.3規格に含まれている。

 IEEE802.3で規定するギガビット・イーサネットの規格は大きく2種類ある。IEEE802.3zとIEEE802.3abである。IEEE802.3zはさらにその中で光ファイバを使う1000BASE(センベース)-SX,同LXと,同軸ケーブルを使う1000BASE-CXという三つの仕様を規定している。IEEE802.3abはUTPケーブルを使う1000BASE-Tの仕様である。要するに,ギガビット・イーサネットと一口に言っても合計4種類の仕様があるわけだ。

表1 ギガビット・イーサネットの主な仕様
このほか,同軸ケーブルを使う1000BASE-CXやベンダー独自の規格などもある。
 ただし,この4種類の仕様のうち,実際に使われているのは,1000BASE-Tと1000BASE-SXおよびLXの3種類である(表1[拡大表示])。1000BASE-CXは規格としてはあるものの特殊な同軸ケーブルを利用する規格であり,まったくといっていいほど使われていない。

 残りの三つの仕様のうち,今後パソコンをつなぐLANで10BASE-Tや100 BASE-TXの置き換えとして利用が増えると見込まれているのが,UTPケーブルを使う1000BASE-Tである。1000 BASE-SXと同LXは,伝送距離が5kmまで延ばせるといったメリットはあるものの,ケーブルに光ファイバを使うので,一般のフロアLANではなく大規模な企業の基幹(バックボーン)LANに使われる技術だからだ。

 そこで今回は,1000BASE-Tにスポットを当てて解説していこう。

伝送周波数は簡単に上げられない

 ギガビット・イーサネット,特に1000BASE-Tのしくみを知るうえで最も気になるのは,やはり「どうやって1Gビット/秒のデータを電気信号として送信しているのか」という点である。単純に考えれば,100Mイーサネット(100BASE-TX)と同じ方式で処理速度(周波数)を10倍に上げれば良さそうに見える。しかし,そう単純にはいかない。なぜなら,銅線でできているUTPケーブルは,電気信号の周波数が極端に高くなると,伝送できる距離が短くなってしまうからである。周波数が高いとそれに伴ってノイズによる影響も増えてくる。

 1000BASE-Tの規格では,UTPケーブルを使って100mの伝送距離が保証されている。しかし,100Mイーサネットの10倍もの周波数で信号をやりとりすれば,とてもこんな距離まで信号を伝えられないのである。

より対線すべてをデータ伝送に使う

 ではどうするか。それを見ていく前に,まずUTPケーブルの基本構造について知っておこう。10BASE-Tで使うUTPケーブルも1000BASE-Tで使うUTPケーブルも同じものである。

図1 1000BASE-Tは4対のより対線すべてを使って1Gビット/秒のデータを伝送する
4対使うことで1対当たりの伝送速度を下げ伝送に必要な周波数帯域を下げている。
 UTPケーブルをバラしてみると,中には8本の銅線が入っていて,それらが2本ずつより合わされて4対のより対線として収められている(図1[拡大表示])。8本の銅線は,それぞれ色分けされており,どの色とどの色がペアになるか,そしてどの線がコネクタの何番目に結線するかが規格で決められている

 1000BASE-Tでは,この1本のUTPケーブルに含まれる4対のより対線すべてを使ってデータを伝送する(図1)。ここが現在主流のイーサネット規格である10BASE-Tや100BASE-TXとは大きく異なる部分である。

 10BASE-Tや100BASE-TXの場合,データ送信用と受信用にそれぞれ1対ずつ,合計2対のより対線しかデータ伝送に使っていない。つまり,2組のより対線(信号線でいうと4-5,7-8)はまったく使っていなかったのだ。1000BASE-Tは10M/100Mイーサネットで利用していないより対線もデータ伝送に使う。

 この結果,1Gビット/秒のデータを4対のより対線に分割して送ることになり,より対線1対当たりのデータ伝送速度は250Mビット/秒になる。つまりギガビット・イーサネットとはいっても,100Mイーサネットと比べるとケーブル1対あたりの送信データ量は2.5倍で済む計算だ。